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米キャリア捨て、ブティックホテル開発

2006年1月10日(火) 10時00分(タイ時間)
 バンコク生まれ。 13 才まではアサンプション大学付属校に通っていた。その後は両親の勧めで米国へ。留学といえば大学がポピュラーだが、私はある理由から中学生になってすぐ留学しなければならなかった。実家がラプラオ地区にあり、当時その付近はいつもひどい渋滞だった。そのため私を学校まで車で送る母は毎朝 5 時に起きなければならず、それが母には大変な苦痛だったのだ。これが理由だ。英語もままならないうちに、一人米国に送られた幼い私が苦労したのは言うまでもない。

 テキサス大学を卒業後、サウスカロライナ大学で MBA を取得。その後世界最大のノンバンク、 GE キャピタルに 10 年間勤めた。 GE 時代はシンガポール、香港、ロンドンでキャリアを積んだが、ブリュッセル赴任時にタイへの帰国を決意した。大企業での仕事はもう十分という気持ちになっており、欧米で老後を迎えるつもりも全くなかったからだ。渡米から 18 年目のことだった。

 帰国後、私は家族の事業に参加した。実家は不動産業を営んでおり、所有している土地を使って私は弟とホテル経営に乗り出した。それがブティック・リゾートホテル「 Aleenta( アリンタ ) 」だ。部屋数が少ない小型のホテルに特化したのは私の希望だ。長年の大企業生活で、大規模なものには辟 ( へき ) 易してしまったからだ。私にとって理想のホテルとはまず小さいこと。個性的でいて、細部まで心配りが行き届いた快適な空間であること。小規模なら経営リスクの低減にもつながる。私は小型ホテルで五つ星ホテルに劣らないサービスを提供するため、設計からレセプション業務まで全てを学んだ。

 本心を言うと、 GE が私に与えてくれた欧米での裕福な暮らしを捨てることには躊躇 ( ちゅうちょ ) した。だが私は自分の手で何かを育てるという夢をかなえるために退職、 2003 年、最初のアリンタをビーチリゾートのフアヒン ( 西部プラチュアプキリカン県 ) にオープンさせた。アリンタの名付け親は母。サンスクリット語で「人生のご褒美」という意味だ。部屋はすべてヴィラタイプで、好みに応じて選べるようユニット毎に異なる仕様となっている。バカンスを楽しんでもらうために部屋にテレビはないが、スパやマッサージなどの館内施設やサービスで宿泊客から好評を得ている。

 アリンタ・フアヒンの成功後、私は 5 億バーツを投じ南部パンガー県に 2 館目のアリンタを建設することにした。 06 年 2 月にはソフトオープンする予定。宿泊用ヴィラ 15 棟 (1 泊 200 ドル〜 ) 、別荘 5 棟、サービスアパート 10 戸で構成されている。フアヒン同様、全室ビーチに面している。今後も国内のビーチリゾートをメインにホテルを増やしていく予定だ。

 アリンタは最高のバカンスを演出したいと願っている。そのためにもぜひ、感動を共有できる気心の知れたパートナーと一緒に宿泊してもらいたい。

Ms. Anchalika Kijkanakorn
Managing Director of the Aleenta Group.
《newsclip》