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クリアンクライ・オンカニクン医師

2006年3月31日(金) 22時26分(タイ時間)
 両親はともにバンコク生まれバンコク育ちの実業家。5人兄弟の長男で、高校までセント・ガブリエル校で過ごし、1991年にマヒドン大学医学部を卒業。97年に眼科専門医の資格をとり、99年から都内ヤンヒー病院の専属医となった。家族は妻と11才の娘。余暇は読書などで過ごすことが多い。
 

——自由な家庭環境で医学を選択

 学生時代、両親は自分の希望を子供に押し付けることなく、それぞれ好きな道を選ばせてくれました。しかし、教育自体には熱心で、休みには必ず特別講習に参加させられました。その中で医学を志し医者になったのは長男の私、弟(内科医)、妹(歯科開業医)の3人です。両親が医学部を勧めたことはありません。私もあえて自分の娘を医者にしようとは思いません。医学の道は全身全霊を込めて取り組むべきもので、大変な苦労を背負い込むからです。


——眼科の専門医になった理由

 医学部卒業後、ノンタブリ県の病院で総合医として4年間働きました。総合科なので全ての病気を診察するわけですが、眼の病気にはあまり詳しくありませんでした。しかし、治療に繊細な技術と集中力を必要とする眼科に徐々に興味を持つようになり、再度マヒドン大学に戻って眼科を学びました。その後、シリラート病院勤務を経てヤンヒー病院で眼科医として働くようになりました。ヤンヒー病院にはシリラート時代の先輩が多く、声をかけられたのです。


——ヤンヒー病院のレーシック設備

 日本のニデック社の最新式エキシマレーザーを使っています。エキシマレーザーとは紫外線を使い角膜実質を正確に削りとる機械ですが、内部には影響を与えないので安全です。ウェーブフロントという最新技術で角膜の薄い患者の治療や、施術に伴う細かな歪みの矯正も可能になりました。CCDカメラを使うアイ・トラッカーという装置のおかげで、目蓋を器具で押さえつける必要もなくなりました。当病院のレーシックセンターには担当医が2人と日本語通訳が常駐しており、1日に8−10人の治療が可能です。
《newsclip》