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トゥラヤー・タンシリパット医師

2006年4月1日(土) 15時45分(タイ時間)
 1968年生まれ。眼科の名医である父と大学教授の母を持つ。コンケン大学医学部卒業。2度の米国留学を経て眼科医に。ライフワークとして、王母陛下の派遣診療チームで白内障の治療に当たっている。


—家庭環境について

 医師である父は忙しい人でしたが、家族との時間を大切にしていました。母も子供の面倒をよくみてくれましたし、休日は皆でスポーツを楽しんだりしました。父の派遣診療にもよく連れて行ってもらったので、医者という職業についても自然に覚えていきました。


—2度の米国留学

最初は高校時代。AFS(American Field Service)の奨学金を受けてカリフォルニア州のサンタ・バーバラ高校へ。カリフォルニアは人種の坩堝(るつぼ)ですから、ナコンラチャシマ出身の15才の少女にとって、世界を知るよい機会になりました。2度目はコンケン大学医学部卒業後です。ナコンラチャシマ県マハラート病院の奨学生として、カリフォルニア大学で角膜と視力について学びました。


—医者への道

眼科医の道を選んだのは父の影響があったと思いますが、強いられたわけではありません。子供のころは漠然と司会者やニュースキャスターに憧れていたんですよ。医学部に入り、奉仕の精神に目覚めることができました。今では医者として患者を治療することが大きな喜びになっています。コンケン大学時代は医学のほかにも様々なことを学びました。たとえばイサーン語。イサーンの患者を診るには不可欠ですから。地域住民の生活や習慣を知ることも大切なことなので、地域活動にも積極的に参加しました。


—現在の仕事について

結婚を機にナコンラチャシマからバンコクへ移り、プロフェッショナルLASIKセンターでの仕事を得ました。センターは開設7年目。バンコク、ハジャイ、コンケンの国内3カ所にあり、エキシマレーザーでの治療を行っています。これは、近視、遠視を迅速かつ安全に治療するもので、当センターでは日本製の機械を使っています。目の小さいアジア人には欧米製よりも日本製の機械の方が適しているからです。患者の半数はシンガポール、ヨーロッパ、日本など外国の方です。


—日本について
高校3年生の時、家族で1週間日本に旅行したことがあります。日本にはすばらしい伝統と礼儀作法があるんですね。LASIKの手術を受けるとき、どの国の人よりも落ち着いているのが日本人です。怖がらずに我慢強いので医者は助かります。反対に、いつまでも怖がっているのは欧米人なんですよ。

49/1, Ratchadapisek Rd., Ladyao, Chatuchak, Bangkok 10900
電話:0-2511-2111
ファックス:0-2939-5495
Eメールtulaya@laservision.co.th
《newsclip》