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オイシ・グループ社長、タン・パーサコンティー氏(49)

2006年4月17日(月) 18時11分(タイ時間)
 日本食ブームの火付け役となったオイシ・グループの創業者、タン・パーサコンティー氏は、マレーシア育ち、中卒、新聞売りから結婚式用写真スタジオ経営と、異色の経歴を持つ起業家だ。月収700バーツから年商50億バーツの外食産業の旗手となった波乱の半生は、一昔前の華僑を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 タン氏の両親は第2次大戦後に中国から東部チョンブリ県に移住し、男女6人の子供を設けた。しかし、小さな会社の事務職だった父の収入だけでは家計がやりくりできず、末っ子のタン氏と姉2人、母の4人は、マレーシアに移住していた父の妹の元に身を寄せることになる。「両親と叔母は同時期に中国を離れた。共倒れを避けるため、別々の場所に移住したそうだ」。

 ペナンで少年時代を過ごしたタン氏は、中学卒業後タイに帰り、1973年、17歳のとき、バンコクでサハパタナグループ系の写真フィルム販売会社に就職した。初任給は700バーツ。最初は配送、次にセールスに移り、5年間務めた。しかし、「いくら仕事しても儲かりそうになかった」ため退職し、チョンブリに戻った。

 「二枚目じゃないし、金もない、勉強も嫌いでだめ。自分にできることといったら商売ぐらい」と考え、チョンブリ市内の長距離バスのバス停に近い場所で、新聞スタンドを始めた。支払いが3−6カ月に1回という条件だったため、バスまで新聞を売り歩いて稼ぎ、売り上げを別の商品の仕入れに回した。手がけたのは、飲料水、人形、音楽テープ、雑誌など。「当時人気があったスヌーピーの財布は仕入れ値が100バーツ。これを300バーツで売りまくった」。

 売れ筋をつかむ才能を発揮し、半年後、新聞・雑貨屋を開くことに成功。余勢を駆ってタイレストラン、さらに不動産に進出した。最初は小規模な不動産事業に出資し、徐々に規模を拡大し、出資比率も上げた。が、うまくいったのもそこまでで、84年の不動産不況の直撃を受け、1億バーツもの負債を抱え、身動きが取れなくなる。月100万バーツ近い金利を何とかするために、土地、時計、宝飾品など資産のほとんどを売り払い、後には日銭が稼げるレストランと、借金3000万バーツが残った。

 再起を期し手がけたのは、台湾を訪れた際に繁盛振りが目に止まったという結婚式用の写真スタジオだ。93年にバンコク都内トンロー通りに1号店を出し、これが大当たりとなった。様々な衣装で撮影する結婚式のアルバムは、派手好き、見た目重視のタイ人の心をつかみ、店舗数は20店を超え、不動産の借金を完済した。

 バブル経済崩壊後禁句となった「多角化」だが、華僑の経験則からすると、当たり前のリスク管理。「別業種もやっておけば安心」と考えたタン氏は、次の事業に取り組んだ。「将来性のある事業しかしない、二番煎じはしない。日本食は健康にいいし、4−5年前からタイにも根付いてきた。音楽、ファッションなど日本ブームもあった」。思案の果てに出た答えが、「日本食のブッフェ・レストラン・チェーン」だ。

 「日本食は料理の名前がわからず注文しにくい」「好きなものを好きなだけ食べたい」というタイ人の需要に応えたオイシは、99年9月の1号店出店から圧倒的な支持を集め、日本食の代名詞となった。「ブッフェ形式で量が多いから、薄利多売で、利益は1人100−150バーツ程度。日本料理は高くて量が少ないというイメージを破ったのが成功の秘訣」と自ら分析する。「知ってる日本語は、オイシだけ」というだけあって、開店以来、日本人の調理人はゼロ。日本料理を修業したタイ人を軸にタイ人向けのメニューの研究し、今もコックは全員東北タイ出身だ。
 
 日本食で大成功を収めたタン氏の次の一手は、またも意表を突いた。当時タイに市場が存在しなかった「緑茶飲料」を自社で開発・生産するという、これまでを上回るような賭けに出たのだ。04年に本格始動したこの緑茶飲料はしかし、タイ人のし好を読みつくした巧妙なマーケティングと、折からの健康ブームに乗り、日本食レストランを上回る大ヒットとなる。05年決算のオイシの売上高は前年比43%増の46.7億バーツ、最終利益は28%増の6.4億バーツ。緑茶事業の売り上げは57%増の30.8億バーツと、全体の3分の2を占めた。2年前まで市場自体が存在しなかったことを考えれば、驚異的な成功といえるだろう。

 市場を創造することで躍進を続けたオイシだが、タン氏は今年1月、所有する株の大半を、アルコール飲料最大手タイ・ビバレッジのオーナー、ジャルーン・シリワタナパクディー氏(60)に売却した。社長にとどまるものの、最終決定権はジャルーン氏に譲り渡した格好だ。タン氏は「日本菓子」などへの多角化が狙いと説明するが、果たして真意は? これまでの大胆な発想からすると、売却益を投じ、全く別の業種に挑戦するのでは、という楽しい疑いもわいてくる。

Mr. Tan Passakornatee (陳水明)
《newsclip》