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反タクシンの旗振り役、ソンティ・リムトーンクン氏(58)

2006年5月4日(木) 16時26分(タイ時間)
 1947年生まれ。中国名は、林明達。父親は中国・潮州から移民した元国民党員で、タイでは中国語の本の印刷事業などを手がけた。

 ソンティ氏はアサンプション大学(ABAC)付属校シラチャー校を卒業後、台湾で中国語を勉強、その後渡米し、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で学士、ユタ州立大学で歴史学の修士、ハーバード大学で文学博士、オーストラリアの大学で経営学修士(MBA)を取得したとされる。

 73年に帰国し、新聞編集者、雑誌発行などを経て、83年にタイ字紙プージャッカーンを創刊。同紙をタイ字経済紙のトップに育て上げ、90年に発行元のマネジャー・メディア・グループ(MGR)をタイ証券取引所(SET)に上場した。また、エンジニアリング、携帯電話販売のインターナショナル・エンジニアリング(IEC)を買収し、未公開株の17.5%をタクシン・チナワット氏に譲渡、92年に同社もSETに上場した。タクシン氏は10バーツで買ったIEC株を上場後、250バーツで全株売却し、6億−7億バーツの利益を得たとされる。

 MGRはさらに、通信衛星(ラオスター)、携帯電話サービス(WCS、現トゥルー・ムーブ)、英字紙(アジア・タイムズ)へと事業展開を図ったが、97年のアジア経済危機で経営が破たん。その後、会社更生手続きで再建され、現在は大手商業銀行のカシコンバンクが筆頭株主になっている。ソンティ氏自身も経済危機で15億バーツの負債を抱え個人破産し、現在の肩書きはプージャッカーン顧問。ただし今も実質的な社主として影響力を振るっている。

 タクシン政権とソンティ氏は、90年代にソムキッド副首相兼商務相がプージャッカーンにコラムを連載していたほか、タクシン首相の最大のブレーンであるパンサック首相顧問がアジア・タイムズの編集長を務めるなど、人脈面でつながりが深い。首相の旧友であるタノン財務相は、ABACシラチャー校でソンティ氏と同級生だった。

 こうした関係からか、MGRは2001年の下院総選挙で全社を挙げてタクシン愛国党を支持。タクシン政権が発足すると、MGR関係会社社長だったカノク・アピラディー氏がタイ国際航空の社長、ソンティ氏と親しい銀行家のウィロート・ヌアンケー氏が国営クルンタイ銀行(KTB)の社長になった。KTBはウィロート社長の下、MGRに対する債権16億バーツを放棄した。

 しかし04年にウィロート社長、05年にカノク社長が解任されると、ソンティ氏は強硬な反首相派に転じ、自らがホスト役を務める国営テレビ局チャンネル9の人気トーク番組で、政権の汚職、権力乱用を激しく批判した。9月に同番組が打ち切られると、ルムピニ公園での野外トークショーとして継続し、ネットやケーブルテレビを通じ配信を続けた。この動きにジャムロン元バンコク都知事らが同調、バンコク都内で大規模な抗議集会を続け、4月にタクシン首相を事実上の辞任に追い込んだ。

ソンティ・リムトーンクン氏
《newsclip》