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インド2大石窟アジャンタとエローラ 

2006年5月20日(土) 10時00分(タイ時間)

近年、好調なIT産業のおかげで、やたら持て囃(はや)されているインド。経済関連のニュースだけ見ていたら、インドはまるで国中に変化が訪れつつあるかのようだ。しかし、8年ぶりに訪れたインドは、表面上ほとんど変わっていなかった。8年どころか20年前初めて訪れた時ともさほど違いは感じられない。

この10年間で変わった事と言えば、人口が21パーセント増加し10億人を突破した事ぐらいだ。確かに車やバイク、携帯電話が目立つようになり、一部の階層は豊かになったのだろう。しかし、相変わらず町はゴミだらけだし、物乞いも多い。公共のバスにいたっては旧式とかオンボロとかいう以前の問題だ。都市計画といった言葉がこの国にはないのだろうか。
インドにはカーストという身分制度が根強く残っている。そのためそれぞれの階層はお互いに無関心で、利益は限られた階層にだけ流れこむ。もっともカーストのおかげで、極端な貧富の差がありながら、経済的理由で暴動が起こることもない。インド人は宗教とカーストに身をゆだね、自己充足している。このカーストに疑問を抱き、人間はみな平等だという思想を打ち出したのが仏教だった。しかし、仏教はインドの大地に根付くことなく、ヒンドゥー教に呑み込まれてしまった。
ヒンドゥー教と仏教、さらに仏教と同じ時期に開かれたジャイナ教の3つの宗教を信仰する人々によって開削された石窟がインド各地に残っている。特にアラビア海に面した商業都市ムンバイ(ボンベイ)の東に広がるデカン高原には多くの石窟が集まっている。その代表的な石窟が、世界遺産に登録されているアジャンタとエローラだ。
アジャンタは全て仏教石窟で3世紀から7世紀に、エローラには3つの宗教の石窟がつくられていて7世紀から10世紀にかけて造営された。現存の大小さまざまな石窟は、インドの歴史の中で営々と造り続けられてきた石窟の中のごく一部で、他の多くは破壊されたり放棄されたりして忘れ去られてしまった。
人々から忘れ去られていたがため、当時のまま保存された貴重な石窟の代表がアジャンタだ。19世紀初めに狩猟に訪れたイギリス人によって再発見されるまで、デカン高原の一角で1000年以上眠り続けていたという話はあまりに有名だ。アジャンタの壁面には人々の日常や宮廷の様子、華やかな菩薩像、釈迦の前世物語(ジャータカ)や生涯を描いた仏伝図が描かれていて、当時の人々の生活風俗を目の当たりに見ることが出来る。遺跡の宝庫インドといえども、これだけ古い絵画が大量に保存されている場所は他に例がない。
壁画で有名になったアジャンタに対し、エローラの方は、石に彫られた多様なレリーフで有名である。そして宗教間の争いは一時的なことで、常日頃は穏やかな関係が続いていた事を象徴するかのように、3つの宗教の石窟が並んで作られている。今日のインドも宗教的争いの危険性を絶えず孕(はら)んでいるが、エローラは異なる宗教が入り乱れるインドの理想を象徴しているとも言える。
エローラの数ある彫刻の中でもヒンドゥー教の石窟は、神話のワンシーンを再現した、人間くさい神々のレリーフが壁面を埋めていて魅力的だ。同じモチーフがそれぞれの石窟に繰り返し彫刻されているので、石窟ごとにその違いを比べてみると面白い。エローラで一番人目を引く壮大なカイラーサ寺院は、巨大な一つの岩山を7000人の石工が150年の歳月をかけて彫り出したといわれている。その労力を考えるだけで気が遠くなってしまう。自分の生きている間に完成を見ることのない物に生涯を捧げ、それに満足を覚える生き方は、宗教的規範の中で日々の生活を営んでいる人が多い現代インド人に通じるものがある。
高杉 等 / 世界各地の遺跡や建造物に興味をもち旅を続けている。近年は、タイを拠点にカンボジアの遺跡を訪れることを繰り返す。
著書「東南アジアの遺跡を歩く」(めこん)
《newsclip》