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チャルーム・ハーンパーニット・バンコク・チェーン・ホスピタル会長

2006年6月2日(金) 09時59分(タイ時間)
 両親は中国・汕頭からの移民。いつ頃タイに移住したのか、正確なことは知らない。中国語の姓は「ヒヤ」。バンコク都内で精米所、ガソリンスタンドを経営していた。

 私は54年、バンコク生まれ。9人兄弟の5番目だ。小学校は中国人学校に通ったが、今では中国の読み書き、しゃべるほうは全くダメ。聞き取りは多少できるが。

 勉強ができたので、チェンマイ大学医学部に進み、卒業後、マヒドン大学で82年まで医学を学んだ。チェンマイ大の同級生には、厚生省疾病管理局のナロン副局長、粉末ミルク販売ガトー・ハウスのオーナーで名門財閥テチャパイブーン(鄭)家のキティポン氏、愛国党のワンロップ下院議員などがいる。

 82年から1年、民間病院に勤めたが、雇われが性に合わず辞め、兄弟と相談の上、チャオプラヤ川を渡った都内トンブリ区バンケーにある病院を買収、84年1月1日にカセムラート・バンケー病院として営業を始めた。開業当時は50床だったが、すぐにベッド数が足りなくなり、1年後、病院の向かい側の土地を買い病棟を新設、計100床に増やした。それでも常に満員だった。

 93年に病院チェーンの運営会社バンコク・チェーン・ホスピタル社(BCH)を設立し、積極展開を始めた。都内バーンヤイに土地を買い、カセムラート・ラタナティベート病院を開業。北部チェンライでは病院を買収し、カセムラート・シーブリン病院として再オープンした。96年に、中部サラブリ県にカセムラート・サラブリ病院(500床)、97年には都内にカセムラート・プラチャーチューン病院(300床)を開館。さらにカセムラート・バンケーを14階建て・500床に増築した。

 しかし97年に経済危機が起こり、事業拡張は中断を余儀なくされた。4700万ドルの債務すべてがドル建てだったので、バーツ換算では負担が倍になり、返済に苦労した。6館目の都内カセムラート・スカピバーン3病院を開館するのは2000年になってからだ。

 BCHの今年上期業績は、総売上高11億400万バーツ、最終利益1億2,700万バーツ。資本金は1.5億バーツで、ハーンパーニット家が6割、長姉が住宅最大手ランド・アンド・ハウス(同4割)のアナン・アサワポーキン社長の母親という関係で、ランド・アンド・ハウスが4割出資している。以前は丸紅が出資していたが、後に撤退した。

 11月中に新規株式公開(IPO)を実施し、タイ証券取引所(SET)に上場する計画だ。調達予定の10億バーツのうち、7〜8割は債務返済に、残りは高度な医療を行う新病院の建設に充てる。新病院は都心のサトン通り、ナラティワートラチャナカリン通りに建設する予定で、0.6ヘクタールの土地を1.2億バーツで購入するつもりだ。カセムラート・バンケー病院の拡張も予定している。
《newsclip》