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レヌー・ウボン医師

2006年7月26日(水) 15時36分(タイ時間)
 1954年チョンブリ県シラチャー生まれ。名門のトリアム・ウドム・スクサー高校を卒業後、医学で名高いマヒドン大学に入学。1年後、日本文部省による奨学金を得て、日本に留学した。東京外国語大学で1年間日本語を勉強、京都大学医学部で6年間学ぶ。卒業後は京大付属病院で1年間の研修(産婦人科)した後、タイに帰国。マヒドン大学付属ラマティボディ病院で研修医を1年間、都内私立病院で11年間、バンコク病院で12年間勤務。医師らしいてきぱきとした対応で、患者さんに安心感を与える。診療時間は月−金曜日・午前7時−午後4時。


−医師を目指した理由

 中学時代の祖父の死です。病院に入院していて、もうすぐ退院というときに、急死してしまいました。その死がどうしても納得できず、それが医師を目指すきっかけとなりました。


−留学先としての日本

 多くの仲間は留学先に欧米諸国を選びましたが、体が小さい私は、体の大きな欧米人と一緒にやっていくことに戸惑いがありました。日本なら同じアジアなので心配ないと思い、日本留学の試験を受けました。しかし、合格通知をもらった後、留学先として正しい選択であったのか、急に不安になったことを覚えています。結果的には、正しい選択だったと思っています。


−日本での勉強と生活

 東京外語大での日本語の勉強を怠ると、希望校に進めません。必死になって勉強しました。希望校の京大に入学することはできましたが、日本語はいつもネックでした。読みが分からなければ、辞書を引くこともできないのです。同じ留学生の中には、帰国して欧米に再留学した人が何人もいます。耐え切れずに自殺した人も中にはいました。でも私は、自分に負けないよう、一生懸命がんばりました。言葉が下手でも、日本人はみな親切に接してくれました。同志社大学に勤めていた先生夫婦のお宅でホームステイしていたので、日本語が分からないときは、いつも先生に聞いていました。


−家庭内の日本

自分で日本食を作ります。おでん、カレーライス、茶碗蒸しとか庶民的な料理を。夫は海軍将校で、日本の防衛大学に留学していました。夫婦間で日本語を使うのは、ケンカのときだけです。3人の子供や周囲の人が理解できないようにするためです。


−産婦人科から一般内科医に

日本では産婦人科医の免許を取得しましたが、タイでは総合内科医です。日本で勤務していた京大付属病院は、月当たりの分娩数が60人だったのに、研修医として通っていたラマティボディ病院は、月当たり600人という数でした。とても体がもちそうにありませんでした。


−在タイ日本人へのアドバイス

タイは暑い国です。水分の補給が大切です。みなさんはまだまだ水分補給が足りないのではないでしょうか。とくに持病をお持ちの方は、意識的に水分を補給しないと、脳卒中等の血管の閉塞による病気の危険が高くなります。痛風になってしまう人も、比較的多いようです。運動不足の上に食べ過ぎや飲み過ぎが重なり、肥満、糖尿病になる人もいます。特に単身赴任の方は栄養が偏ります。食生活に気をつけてください。

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