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浙江省 泰順の廊橋

2006年9月25日(月) 16時26分(タイ時間)

 近年、中国都市部の書店をのぞいて見ると、その充実ぶりに驚かされる。特に中国国内のガイドブックに関しては、有名な観光地はもちろんチベットや雲南省などの辺境物、古い町並みや田舎の集落を採り上げた物、旅の体験記などさまざまなタイプの案内本が出ている。

 そんな中、ある書店でたまたま1冊の本を見つけた。表紙に屋根付きの木造橋の写真が使われていて、題名は「郷土中国・泰順」。場所を調べてみると、上海の南に隣接する浙江省にある。泰順は浙江省の中でも南のはずれ、福建省との省境に近い。本の中には辺鄙な山里の写真が多く掲載されていたが、同じような木造橋の写真もいくつか載っていた。

 屋根付きの木造橋といえば、少数民族トン族の「風雨橋」が有名だが、それ以外にもこのような木造橋が一つの地域に集中して残っているとは知らなかった。泰順県は山がちな地形でトン族の住む地域と同じだ。当然、木材は豊富にありそれを利用して木造の橋が作られ、湿潤な気候から橋を守るために屋根が付けられた。同じような条件の地域は他にも数多くあるのに、なぜこの泰順県を中心とした近隣諸県に多数現存しているのか不思議だ。泰順県の面積は1700平方キロ、数十キロ四方でしかない。

 泰順県の中心、羅陽鎮は一応市内バスも走っている町で、賓館や飯店といった宿泊施設もある。そして羅陽鎮と他の町や村を結ぶバスは、ターミナルに頻繁に出入りしている。一般に「廊橋」と呼ばれているこの地方の屋根付き木造橋は、ローカルバスに乗って行けば簡単に訪れることができる。いずれの橋も現役で活躍しているというより、あくまで歴史的建造物として残されているといった感じだ。



 泰順県内に廊橋はおよそ200座あると言われているが、周囲の景色ともども絵になる廊橋は10座ぐらいだろうか。歴史の国だけに、いつの時代に最初の橋が架けられたか記録が残っている場合が多い。古くは7世紀、「貞観の治」として知られる盛唐の時代に架けられたとする橋もあるが、多くは15〜17世紀の明、清の時代に架けられている。そして19世紀に架け直され、それを補修しながら使い現在に至っている。なかには20世紀、中国共産党によって新た架けられた「紅軍橋」と呼ばれている橋もある。

 廊橋と呼ばれているこの地方の木造橋の中で、橋の中央が盛り上がってアーチを描いている橋は特に「虹橋」とも呼ばれている。もともと木造の虹橋は中国各地で作られていた橋だが、長きに渡る戦乱の繰り返し、森林資源の枯渇、そしてより堅固な橋を作るために石造りの橋に変わっていった。虹橋の利点は、橋の下を容易に船舶が行き来できる事と、大水の時に橋が受けるダメージを減らすことが出来る事だろうか。山が多く大河のない泰順では、大水の点で虹橋を作るメリットはあるだろうが、船舶の便宜をはかる点ではほとんど意味がない。なぜこのような山間部にこのような橋の技術が伝わり残っているのか、中国の学者たちも確かな答えは出せないようだ。彼らはこの地域を「中国古橋博物館」と呼んでいる。




 この地域の廊橋が注目をあび始めたのは、ごく最近のことだ。地元浙江省や香港のテレビに取り上げられ、慌てて観光資源に活用しようとしている。県内には古い集落の残っている所もあるが、中国の内陸部に比べれば福建省や浙江省といった沿岸部は金まわりがいいのか、集落のほとんどはレンガ造りの味気ない建物に変わってしまっている。廊橋の他には観光資源として、滝と湖ぐらいしかない。泰順へは上海から浙江省の温州市経由で行くのが一般的で、上海から温州市へは列車でも飛行機でも行ける。温州市から泰順へは1時間ごとに豪華バスが走っている。
《newsclip》