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スラユット首相略歴

2006年10月1日(日) 17時42分(タイ時間)
【タイ】タイの24代首相に就任したスラユット・ジュラーノン氏は43年8月28日、バンコク生まれ。陸軍士官学校卒。陸軍特別戦闘司令部(SWC)司令官を経て、97年、当時のチュアン首相(現野党民主党顧問会長)により陸軍司令官に抜てきされた。軍の序列を飛び越え、しかもタイ陸軍のグリーンベレーといわれるSWC出身と、サプライズ人事だった。

 スラユット氏は期待に応え、増え過ぎた将官ポストの大量整理、軍備の近代化、軍の違法ビジネスの駆逐などを大胆に進めた。チュアン首相はこのとき、退役大将の指定席だった国防相に民間人として初めて就任(首相兼任)し、スラユット氏の改革を支援した。

 01年にタクシン政権が発足すると風向きが変わる。ミャンマー軍のタイ国境侵犯に対し、国境警備を厳重にしミャンマーに警告したスラユット司令官を、タクシン首相(当時)が「過剰反応」と批判。実業家出身でミャンマーでもビジネスを展開するタクシン氏と、王党派の職業軍人であるスラユット氏は意見が合わないことが多く、スラユット氏は02年に実権のない国軍最高司令官ポストに祭り上げられた。

 後任の陸軍司令官に就任したのは、タクシン氏のいとこで、2年前まで少将に過ぎなかったチャイヤシット大将。軍とタクシン氏の確執はこの辺りから深まっていく。

 翌03年に定年退官したスラユット氏は、国王により枢密顧問官に任命された。枢密顧問官はタイでは非常に権威のあるポストで、軍での功績を国王が高く評価したと理解される。スラユット氏は、プレム枢密院議長(元首相、86)が陸軍司令官だった当時の側近で、今回のクーデターを指揮したソンティ陸軍司令官のSWC時代の直属の上官でもあり、現在プレム議長が担っている国王と軍のパイプ役を将来任される可能性もありそうだ。

 弱点とされる対外的な知名度だが、タイと米国を中心とする合同軍事演習「コブラゴールド」などを通じ、米軍制服組との交流がある。03年の「コブラゴールド」では、59歳という年齢にもかかわらず、落下傘降下競技に参加。強風にあおられ着地に失敗したものの、米軍から喝采を浴びた。同年、米誌タイムの「アジアのヒーロー」の1人に選ばれている。

 公的な立場では功成り名遂げたが、元士官で50年代にタイ共産党に身を投じた父と、タイ東北地方の戦場で相まみえた過去がある。タイム誌のインタビューでは「父はどうしたらよい士官になれるか、よい市民になれるかということを教えてくれた。私のヒーローだ」と語った。04年には東北地方の電気もない寺で3カ月の出家生活を送った。
《newsclip》