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ガンジスのほとり バラナシ

2006年11月5日(日) 13時12分(タイ時間)

Varanasi, INDIA

 やっと外出できる! ブッタガヤからバスでバラナシに着いた日の夕方から、地元のヒンドゥー教徒とイスラム教徒のちょっとしたケンカが街中を巻き込む暴動に発展してしまい、ゲストハウスから1週間も外出を禁止されていた。暴動が激しい時に一度だけコッソリ外出したが、ほとんどの店がシャッターを下ろしていて、街はゴーストタウンになっていた。ベンガリートラの狭い路地のはるか向こう、ゴドーリア交差点の方から大きな声が聞こえ、たくさんの人がこちらに走って来た。僕もすぐにシャッターを少しだけ開けていたレストランに逃げ込む。レストランのオヤジはあちこちで発砲事件も起きていて、警察が自動小銃で制圧しているが、あと3、4日は店を開けることができないと途方に暮れていた。

 あきらめてゲストハウスに戻り、部屋の窓から人のいないガンジス川を恨めしそうに見る。日中は気温が40度前後まで上がり、一番暑い季節にゲストハウスでカンヅメにされ寝苦しい夜が続いた。夜明け前にやっとうとうとした所で洗濯をする人たちがガートで洗濯物を石畳に叩き付ける音で眠気を覚まされてしまう。

 そんな日々が続いたある日、ついに騒ぎが終わり、カメラを持ってガンジス川に出られるようになった。夜明け前にゲストハウスのガンジス川に面した入り口からガートへ出て、ゆっくり下流に向かう。巡礼者が集まる最大のダシャシュワメードガートをすぎてさらにマニカルニカーガートへ進む。ガートは階段状になっていて、そのままガンジスに入る事ができ、朝日が対岸から上りはじめた頃から巡礼者や地元の人が続々と沐浴を始める。子供達はペットボトルを何個か体に巻き付けて泳いだり、川に入ってボール遊びをしている。観光客はボートに乗り、ガ−トで沐浴している人たちを見物している。マニカルニカーガートへ着くと、すでに火葬が始まっていて、煙りが立ち上っていた。少し見学してから上流にあるほかの火葬場に行く事にした。


 泊まっているゲストハウスを過ぎて目的地の手前の小さなガートで彼に出会った。彼はサドゥ−と呼ばれるヒンドゥー教の修行僧で、ラクスマンババと呼ばれていて、他の修行僧と違い巡礼に行かない時に親戚がガートで営んでいるチャイ屋を手伝っていた。僕は彼の写真が撮りたくて毎朝毎夕彼の所に通い、彼の作るミルクティーを何杯も飲みながら彼と話をした。始めのうちは彼の眼力がとても強く、僕は彼の目を直視する事ができなかった。まるで心の中を読まれているような気がした。そのうちに彼が沐浴する時や日中の暑い時に彼のスペース(修行僧は生涯定住しない)の木陰で写真を撮らせてもらう事が出来るようになった。



 朝日が上がる頃カメラを持って彼の所に行き一緒に沐浴してガートの石畳が太陽光で熱くなる昼前まで彼と話す毎日が続いた。彼は今頃インド中の聖地へ巡礼の旅に出ている事だろう。またどこか違う聖地で彼に会って話を聞いてみたい。



【バラナシ】
ガンジス川のほとりに広がるヒンドゥー教の聖地。年間100万人以上の巡礼が訪れる。ガートと呼ばれる石畳の階段があり、そのままガンジス川に入る事ができる。雨季と乾季で川の水位が変わり、雨季には対岸の不毛の地は水におおわれてしまう。
《newsclip》