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タイ元首相、軍政の自作自演主張 バンコク連続爆弾事件

2007年1月4日(木) 08時57分(タイ時間)
【タイ】タイ字各紙によると、チャワリット元首相(元陸軍司令官)は3日、軍政がバンコクでの連続爆発事件と同氏を関連付けようとしているとして反論し、事件の黒幕は軍政自身という見方を示した。全局が軍政の管理下にあるテレビは、元首相の発言をほとんど黙殺した。

 チャワリット氏は自宅に招いた記者らに、「外国は彼ら(軍政)が自分でやったといっている」「彼らは我々が黒幕というが、理由をいってもらいたい。逮捕状を持ってきて欲しい」「サフラン陸軍副司令官は、何が起きているかすべてわかっていると言ったが、なぜ誰も逮捕されない」などと、直接的な言葉で軍政を批判。問題解決のため、出来るだけ早く民政移管すべきと述べた。

 チャワリット氏は01年の総選挙後、自分が創設した政党を前政権与党・愛国党と合併し、タクシン政権で副首相などを務めた。しかし05年の総選挙には出馬せず、クーデター前にはプレム枢密院議長(元首相、元陸軍司令官)らと行動をともにした。一部には、チャワリット氏が最初にクーデターを提案したという報道もある。

 クーデター後は一転し、軍幹部が国営企業の会長、取締役などに続々と就任したことなどで軍政を批判。スラユット首相の別荘疑惑をマスコミに流したもの同氏とされる。愛国党を離脱した政治家や軍政の一部による新党の党首、または愛国党党首に就任するといううわさがあり、最近、中国でタクシン前首相にあったともいわれる。

〈チャワリット・ヨンチャイユット〉
1932年生まれ。陸軍士官学校を首席で卒業、陸軍参謀長を経て86年5月に陸軍司令官、同年10月から国軍最高司令官代行を兼任。90年に退役しチャーチャイ政権の副首相兼国防相、2カ月後に辞任し、新希望党を結成。92?94年内相、93?94年労働・社会福祉相、94年副首相、95?96年副首相兼国防相。96年の総選挙で新希望党が第1党となり首相兼国防相に就任、経済危機で有効な対策が打てず、97年末に辞任。01年の愛国党政権誕生で副首相兼国防相、02年に新希望党を愛国党と合併。80年代の陸軍の民主主義グループのリーダー格。愛称は「ビッグジウ(大きなジウ。ジウは小さいという意味)。共産党対策で発揮した智謀から「タイの諸葛孔明」とも呼ばれた。経済危機時にはあまりの無策に「アルツハイマー症」説が浮上。
《newsclip》