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ユーチューブ遮断のタイ、「国王動画削除で交渉中」

2007年4月5日(木) 11時28分(タイ時間)
【タイ】タイ情報通信技術(ICT)省は5日、インターネット動画投稿サイト、ユーチューブへのタイ国内からのアクセスを遮断したことを認めた。「プミポン・タイ国王を侮辱する内容の動画が投稿されたため、動画の削除についてユーチューブと協議中」としている。

 タイには不敬罪があり、王室批判は刑事罰の対象となる。先月には、国王のポスターにスプレーをかけたタイ在住のスイス人男性が禁固10年の実刑判決を受けた。

 昨年9月の軍事クーデターで政権を奪ったタイ軍部は、クーデターの理由のひとつに、タクシン前首相による王室軽視を挙げ、前首相を不敬罪で起訴することを検討中。一方、反軍政の市民団体は、国王側近のプレム枢密院議長(元首相、元陸軍司令官)がクーデターの黒幕と主張し、先月、議長の解任を求める署名運動を開始した。


〈プミポン・アドゥンヤデート国王〉
1927年、米国マサチューセッツ州ケンブリッジ生まれ。34年からスイスに留学し、45年に同国のローザンヌ大学に入学、政治学、法学を学んだ。46年、兄王の不慮の死を受けタイで戴冠したが、すぐにスイスに戻り、52年に帰国するまで欧州で過ごした。帰国後は全国で数千の農業・灌漑(かんがい)プロジェクトを手がけ、遠隔地の視察、低農薬農業や代替燃料の開発などにも取り組んだ。また、要所要所で政治の手綱を締め、国民からは「お父さん(ポー)」と呼ばれ、深く敬愛されている。1950年に結婚した王族のシリキット王妃との間に、ワチラロンコン皇太子、ウボンラット王女、シリントーン王女、チュラポン王女の1男3女。趣味はサキソフォン、絵画、写真、ヨットなど。

〈プレム・ティンスラーノン〉
1920年、南部ソンクラー生まれ。78?80年陸軍司令官、80?88年首相。首相在任中に2度のクーデターを切り抜け、民政移管と経済成長への道筋をつけた。プミポン国王の信頼があつく、88年の退任時に枢密顧問官に任命されるとともに、「ラタブルット(国家功労者)」の称号を受けた。98年から枢密院議長。


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《newsclip》