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民主化弾圧事件から15年、バンコクで記念式典

2007年5月17日(木) 13時56分(タイ時間)
【タイ】タイ軍事政権が民主化要求デモを武力弾圧し多数の死者を出した92年5月事件の15周年記念式典が17日、バンコクの民主記念塔などで行われ、民主化運動を指揮したジャムロン元バンコク都知事、前政権与党・愛国党のジャトゥロン党首代行らが姿を見せた。

 タイ軍部は91年、汚職のまん延を理由に当時の民選政権をクーデターで追放し、翌92年3月に総選挙を実施した。選挙では親軍政党が第1党となったが、大物麻薬業者という疑惑があるナロン同党党首の首相指名に米国が反発し、軍事政権トップのスチンダー陸軍司令官(当時)が「首相にはならない」という公約を破り、首相に就任した。これに反対するジャムロン氏らが民主記念塔周辺で抗議デモを開き、集まった市民数千人に軍が無差別発砲し、数百人が死亡した。

 事件はプミポン国王の裁定により、スチンダー首相の辞任で決着。年内に再選挙が行われ、チュアン民主党党首(現民主党顧問会長)を首相とする連立政権が発足、その後昨年まで民選政権が続いた。ジャムロン氏は昨年のタクシン首相退陣要求デモを指揮し、クーデター後、軍政により立法議会(国会に相当)議員に任命された。


〈ジャトゥロン・チャイセーン〉
56年生まれ。チェンマイ大学在学中に学生会長を務め、軍部の弾圧で一時国境地帯のジャングルに潜伏した。後に渡米し、ニューヨーク州立大学経済学部卒、アメリカン大学経済学修士。86年から下院連続当選。地盤は東部チャチュンサオ県。有力政党の幹事長、首相府相などを歴任し、タクシン愛国党政権で副首相、教育相。タクシン前首相とは疎遠だったといわれるが、06年9月のクーデター後、党有力者のほとんどが表舞台を避けたことから、愛国党党首代行に就任した。


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