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タイ東部の日本人町、シラチャーの日本食事情

2007年8月17日(金) 22時27分(タイ時間)
【タイ】ほんの10年前、日本食屋をぽつぽつと見かけるようになったと思ったら、その後は雨後のタケノコ状態で急増。タイ東部シラチャーの町には現在、路地の数だけ、もしくはそれ以上に、日本食屋がひしめき合っている。しかし、客が入っているのは日本人がオーナーのほんの一握りの店で、地元タイ人が見様見真似で始めたその他ほとんどは閑古鳥が鳴いている。

 シラチャーの町の中心となる、ロビンソンデパート・シラチャー店の裏手から海岸通りにかけての約1平方キロメートルの地区に、「日本食」と名の付く飲食店は50軒以上ある。そのうち約8割はウエイトレスを客の隣に座らせて一緒に酒を楽しむタイプの居酒屋だ。

 日本食屋ができ始めたのは10年前。日系の自動車部品メーカーが東部臨海工業地帯(イースタンシーボード)に本格的に進出してきた頃と時期が重なる。以降、シラチャーを生活の拠点とする日本人駐在員を相手に日本食屋が賑わうようになった。

 そのころは確かに、日本食屋は「儲かる」商売だった。日本人は駐在員待遇が中心であったから生活費にも余裕があり、日本食屋も今ほど多くなかったことで、どこの店も入りきれないほど客が押し寄せた。

 しかし現在は事情が違ってきている。日本食屋が乱立し、味もサービスも劣る店はすぐに見限られる。日本食屋といっても、ほとんどが本格調理を必要としない「出来あいメニュー」。客は隣に座るウエイトレスに飽きたり、ほかの店のウエイトレスに気移りしたりすれば、すぐに店を変える。ウエイトレスに余計なサービスをさせず、日本人が厨房で目を光らせている店や、タイ人が比較的「地味」に営業している店は、せいぜい5—10軒だろう。

 さらに、シラチャー在住の日本人の懐も10年前とは違うようだ。競争の激しいイースタンシーボードで、日系進出メーカーは経費削減の一環で、駐在員を短期応援者に置き換えている。当然、下請け、孫請けの応援者は、駐在員よりも節約の意識が高く、安くて味の良い店を選ぶことになる。中途半端な店では生き残れない。

 しかも、営業時間は日本人が仕事から帰ってくる夕方以降のみだ。応援者は短期だけに仕事の密度が濃く、日本人であれ残業は当たり前。宿泊施設に帰ってくるのが夜の8—9時というのも珍しくない。そのため、平日は仕事の後で夜の街に繰り出す人はさほど多くない。

 タイ人が見様見真似で始めた、かわいいウエイトレスを揃えただけの居酒屋は、酒屋に酒代も払えない状態の店が大半で、毎晩酒屋に店の入口で客の出入りを見張られ、客が出て行くと店に行き、飲んだ分をそのつど請求されるという、まさに自転車操業だ。シラチャーでの日本食ビジネスは、日系企業のタイ東部進出で一気にブームとなったが、日本人が財布のヒモを閉めたとたん、バブルがはじけた。

 それでもこれまでは淘汰されてこなかった。その理由は、日本人滞在者のほとんどが短期滞在という点にある。この手の店に飽きてきた頃には帰国を迎え、その後また新しい短期滞在者が来てしばらくは通う、というシラチャー独特の事情がある。また、初めから一発狙いのタイ人が店を開くため、閑古鳥が鳴けば即転売で新たなオーナーの下、名前を変えて生き延びるのである。

 一方、タイ人の日本食ブームはシラチャーでも健在だ。大手チェーン店をはじめとするタイ人向け日本食屋は常に満席状態で、町のホテルで毎週行われる夕食ビュッフェでは、開店と同時に日本食コーナーの料理が、先ず消えてゆく盛況ぶりだ。

 また、客単価も現在は圧倒的にタイ人の方が高い。最近は日本人オーナーの店でも、舌の肥えたタイ人のお客が目に見えて増えているという。

 街全体が自動車景気に沸き、物価がタイ国内地方都市で1—2を争うほどの上昇を見せるチョンブリ県シラチャー。最近は、バンコクの有名日本食レストランチェーンの進出や、大規模店の出店準備が進んでいる。日本食屋が初めて姿を見せて十数年経った今、いよいよ淘汰が始まろうとしている。
《newsclip》