RSS

タイ近代史の闇、タマ大虐殺事件から31年

2007年10月7日(日) 11時48分(タイ時間)
【タイ】学生、市民多数が犠牲になった1976年10月6日事件の31周年記念式典が6日、バンコク都内のタマサート大学で行われ、タクシン政権で天然資源・環境相を務めた元学生活動家のプラパット・パンヤーチャートラック氏、ジャムロン・シームアン元バンコク都知事らが献花に訪れた。

 10月6日事件では、73年の民主化運動で亡命した元独裁者のタノム陸軍元帥の帰国に抗議しタマサート大学に立てこもった学生、市民数千人を右翼団体が襲撃し、公式発表で46人が死亡。強姦、焼殺といった残虐行為も多発した。

 昨年9月のクーデターで追放されたタクシン政権のプロムミン前首相秘書官長、プームタム前副運輸相、ジャトゥロン前教育相、スタム元副内相、スラポン前政府報道官らはいずれも当時の学生活動指導者で、事件後、国境のジャングルでの「亡命」生活、投獄などを経験した。

 前年の1975年には共産勢力が南ベトナム、カンボジア、ラオスを制圧し、ラオスでは王制が廃止された。こうした状況が事件の背景にあった可能性があり、真相はタイの歴史の中で封印された形となっている。

 同事件を含むタイの近代史を整理した「ザ・キング・ネバー・スマイルズ」(ポール・M・ハンドレー著、エール大学出版)、同書に言及した箇所があるタイの政治評論家スラック・シワラック氏の「タイ民主主義の75年」などはいずれもタイで発禁処分となっている。「ザ・キング・ネバー・スマイルズ」関連のインターネットサイトは一時、タイから閲覧できなかった。

 タイ字紙タイラットによると、6日の式典に参加したジョーン・ウンパーコン前上院議員は、事件当時右翼組織を扇動したとされるサマック・スントラウェート氏(元副首相、前バンコク都知事)が旧与党・タイ愛国党(TRT)主流派の政党・パランプラチャーチョン党(PPP)の党首に就任したことについて、「(スラポン前政府報道官・現PPP幹事長ら)10月6日事件の学生活動家らと一緒になりタクシン前首相を守っているのは奇妙なことだ」と不快感を示した。一方、タクシン政権は問題があったものの、過去で最も国民が参加した政権で、大衆のための政策を実際に行ったと評価。ライバル政党の民主党については「貧乏人のためには何もしたことがない」と批判した。2007年新憲法については、「国民を信用しておらず、民主主義に沿わないものだ」と指摘した。

 タイでは世界恐慌後の1932年に、留学帰りの官僚・軍人らがクーデターを起こし、絶対王政から立憲君主制に移行した。しかし過去数十年、「民主主義(タイ語でプラチャーティパタイ)は(クーデター当時の)ラマ7世王の下され物」という教育がなされ、「プラチャーティパタイ」は「エリート層が一般国民の意見を聞き行う善政」といった意味合いが濃厚となっている。新憲法は、エリート層が任命する上院が強い権限を持つなど、「プラチャーティパタイ」的な内容となっている。
《newsclip》