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西チベット グゲ遺跡

2008年1月10日(木) 14時06分(タイ時間)

 トリンからグゲ遺跡中心部までは歩いて4、5時間かかるが、その間、荒涼とした光景が広がっているばかりで、ただらくだ色の硬質な地と、空の青さと雲の白さばかりが目につく。ときおり、高くそびえる岩山を見かける。

 それらのいくつかには人為的なほどこしがしてあり、よく見ると廃墟なのであるが、その構造的な姿から城のようにも見える。城といってもそれは単に岩を掘り、くりぬいただけのもので、遠目には奇妙な凹凸を持った山にしか見えない。しかし中へ踏み込んでみればそれは、上方へのぼるための縦横に入り組んだ階段や無数に広がる通路、大小さまざまな広さの穴居の数々、それぞれの居あるいは房を特徴づける楕円の窓の穴などによって構成されており、自然と人為のシンプルな調和というべき構造である。物質的な代物は何ひとつなく、厳しい環境のなか風化によって塵となったものも多いのだろうし、文革の影響で破壊されたものもあるのだろうが、見るもの触るものは岩であり、聞こえるのは、風が岩穴や窓を吹き抜けていく音だけだ。

 西チベットには漢人の開いた町が少なからずあり、トリンもそのひとつだ。村にある小学校の教室の黒板には漢語の文字が記され、子供たちは紅いスカーフをえりに巻き、校庭でサッカーを楽しんでいた。岩山の廃墟は子供たちにとって格好の遊び場ではないのだろうか、トリンからグゲまでの長い道のりを歩いて私が出会ったものは、牛の群れだけだった。

 一般に、廃墟や遺跡はさまざまな姿を持つものであるが、ここは空虚感、生活臭のなさ、寂寞に覆われている。一部のグゲ遺跡に残されている壁画によって、ここの住人たちが熱心な仏教信仰者であり、インドや西方とさかんに交流を行っていたことがうかがわれるが、ほとんどの遺跡にはその痕跡さえなく、ただ廃墟を抱えたまま沈黙している。

 仏教は概略すると、唯心論を扱う宗教である。多くの仏教美術や仏教遺産が物質的なものに支えられているが、どれだけ意識的啓蒙的に仏教思想をあらわしたものであっても、それが物質的な印象を多く与えてしまうものであれば、仏教はその内面性の昇華の方法にいくつかの誤りを見なければならないだろう。グゲは壁画の他にとりたてて特異な何かが残されているわけでも、概括するほど多くのものがあるのでもない。かつて人が往来し、言葉が交わされ、火をおこし、座り臥したところの廃墟が、今はただ岩肌を風にさらしながら孤独な姿を見せている。しかしそれがひるがえって、仏教の空思想を沈黙のうちに体現していることになるというのは、皮肉なことであるがユニークな偶然の産物といわねばならない。

【グゲ王国】

9世紀に建てられたチベットの古代王朝。戦争、自然災害などで17世紀ごろに滅亡した。中国政府は昨年から、世界遺産への登録準備を進めている。
《newsclip》