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タイ字紙が選ぶ2007年重大ニュース

2008年1月19日(土) 13時34分(タイ時間)
【タイ】2006年9月のクーデターの衝撃が覚めやらぬうちに迎えた2007年。15年ぶりの軍事政権下の1年は、タイのメディアにどう映ったのか。タイの大手紙であるタイラット、カオソッド、マティチョン、コムチャットルクの4紙が選んだ重大ニュースから振り返る。


〈プミポン国王が80歳に〉

 タイ国民に「お父さん」と呼ばれ絶大な人気を誇るプミポン国王が2007年12月5日、80歳の誕生日を迎えた。タイの官民は1年を通じ様々な祝賀行事を行い、国民の多くは黄色(国王の誕生日である月曜日の色)の服を着て長寿を祝った。

 国王は脳血管障害で10月半ばから4週間近く入院したが、誕生日前日と当日にしっかりした口調で演説を行い、国民に団結を呼びかけた。

 誕生日の前後には街が電飾で飾られ、連日花火が打ち上げられるなどし、全土が祝賀ムードに包まれた。11月には、国王在位60周年だった2006年に続き、タイ王室御座船がバンコクのチャオプラヤ川を漕ぎ下る水上パレードが行われ、入院中の国王の名代として、ワチラロンコン皇太子が旗艦に座乗した。

 プミポン国王は1927年、米国マサチューセッツ州ケンブリッジ生まれ。父はチュラロンコン大王(ラマ5世)の息子であるマヒドン王子、母は中国系タイ人の一般人で孤児だったという。

 兄のアナンタ王の不慮の死を受け、1946年にラタナコーシン王朝の9代目の王に即位。以来、衰微していた王室を立て直し、タイの政治的安定、地方開発に尽力した。陽気な国民性で知られる国の国王でありながらほとんど笑顔を見せないが、沿道に座り花をささげ持った老女に腰を折り曲げて顔を寄せ微笑む写真があり、「厳格だがやさしい父」というイメージが浸透している。誕生日の式典では、テレビ中継の女性アナウンサーが、「みなさんも国王陛下の良い子であるようがんばりましょう」と呼びかけた。

 国王誕生日に合わせタイ人初のチョモランマ(エベレスト)登頂も計画されたが、悪天候のため断念した。


〈前政権与党解党、前首相を起訴・資産凍結〉

 軍事政権下の憲法法廷は2007年5月30日、前政権与党、タイ愛国党(TRT)を2006年の下院総選挙での選挙違反で有罪とし、同党を解党、タクシン前首相ら選挙当時のTRT役員111人の参政権を5年間はく奪した。軍政はさらに、タクシン前首相一族の資産数百億バーツを汚職容疑で凍結、タクシン夫妻を汚職防止法違反などで起訴した。判決を受け、TRTの主要メンバーは零細政党のパランプラチャーチョン(国民の力)党(PPP)に大量移籍し、事実上同党を乗っ取った。

 TRTは警官から実業界に転進し通信事業でタイ屈指の富豪となったタクシン氏が1998年に設立した。バラマキ型政策を前面に出した選挙手法と巨額の資金で2001年の総選挙で歴史的な大勝を納め、政権樹立後はタクシン氏の政策実行力と派手なパフォーマンスで高支持率を維持。中小政党の吸収・合併で、2005年の総選挙でタイ史上初の単独過半数を制した。しかし、強権政治に不満を強めた都市中間層の一部と、利権を奪われた旧勢力が反対に回り、2006年 9月の軍事クーデターで政権崩壊した。

 毀誉褒貶(きよほうへん)があるものの、TRTは選挙での具体的な政策提示、政党による政策立案と実行力、国会での単独過半数、首相の任期満了などで、官僚任せの短命政権が続いたタイ政治の常識を次々と打ち破った。1回1律30バーツの医療制度、タイ版の1村1産品プログラムといったTRTのほとんどの政策は軍政下でも受け継がれた。


〈新憲法国民投票、辛うじて可決〉

 軍事政権が作成したタイ新憲法案への国民投票が8月19日に行われ、賛成57%、反対41%で可決された。投票率は58%。可決に向け軍政が放送メディアや兵士、官僚を動員したにも関わらず、賛成は6割を切り、クーデターへの反発の強さをうかがわせる結果となった。特に東北部では反対62%、賛成37%と反対が上回った。新憲法案が否決されれば民主政治復帰が遅れることから、取りあえず賛成票を投じた有権者も多かったとみられる。

 新憲法は上院の約半分を任命制にするなど、官僚、エリート層によるコントロールを強化し、選挙で選ばれた政府の権限を削減する内容。


〈12月23日の下院総選挙〉

 民政移管のためのタイ下院(定数480)総選挙の投票が2007年12月23日に行われ、タクシン前首相支持派のPPPが第1党となった。タクシン政権を追放したクーデターは国民に否定された形だ。


〈格安航空ワントゥーゴー機着陸事故〉

 2007年9月16日午後、タイの格安航空ワントゥーゴーのバンコク発プーケット行きMD82型機が豪雨の中、プーケット国際空港に着陸を図り、滑走路を外れて林に突っ込み、大破・炎上。乗客乗員130人のうち、外国人56人を含む90人が死亡、40人が重軽傷を負った。生存者は機外に飛び降りるなどし助かったが、多くがやけど、骨折などで入院した。事故原因は調査中で、操縦ミス、突風などの可能性が浮上している。

 ワントゥーゴーはタイの民間航空会社オリエント・タイ・エアラインズ傘下で2003年に設立された。バンコクを起点にタイ北部チェンマイ、チェンライ、南部ハジャイ、スラタニなどに定期便を運航している。

 タイでは1987年に、乗客乗員83人が乗ったタイ航空機がプーケット空港近くの海に墜落し、全員が死亡。98年には南部スラタニ空港近くでタイ国際航空機が墜落し、乗客乗員146人中101人が死亡した。


〈バンコクの連続爆弾テロ〉

 2006年12月31日夕方から深夜にかけ、バンコクの8カ所で爆弾が爆発し、タイ人3人が死亡、外国人旅行者9人とタイ人34人が負傷した。

 爆発があったのは、都心のショッピングセンター(SC)、セントラルワールド近くの電話ボックス、運河フェリーの船着場近くなど。バンコクでは反タクシン前首相派の街頭デモが始まった2005年後半から小規模な爆弾事件が続発したが、死者が出る大規模テロは初めて。事件はCNNやBBCといった国際的なメディアにも大々的に取り上げられ、比較的安全な国というイメージは大きく傷ついた。

 爆弾は時限装置を使ったもので、ゴミ箱などに仕掛けられていた。深南部のイスラム過激派が使用するタイプに近いとされるが、軍事政権・暫定政府は、タクシン前首相派の犯行と主張。タクシン派は軍政の自作自演、もしくはイスラム過激派の犯行という見方だ。結局犯人は捕まらず、真相は闇の中。


〈タイのコピー薬導入策、米政府が撤回要求〉

 タイ保健省は欧米製薬大手のエイズ治療薬と抗血栓薬に対し強制実施権(国が公益上の必要性などから特許権の実施を第3者に付与する権限)を発動し、ライセンス契約なしで製造された安価なコピー薬を導入する政策を開始した。重病患者の負担を減らすための人道的措置と主張しているが、製薬大手は強く反発し、米国政府を動かし、タイに圧力をかけている。保健省は抗がん剤などにも強制実施権を発動する方針だが、これ以上、強硬姿勢を通せるかどうかは微妙な情勢だ。


〈お守りフィーバー〉

 約20年前にタイ南部で創始されたお守り「ジャトゥカーム・ラーマテープ」。

「身に着けていると銃で撃たれても死なない」「高貴な方が収集されている」といったうわさで2006年から注目を浴び、タイにもともと存在するお守り投機市場の枠を超え、全国的な大ヒット商品となった。普及品が数百万個の巨大市場となる一方、稀少モデルは1個数百万バーツで取引され、市場規模は全体で「400億バーツ」(タイの銀行系シンクタンク推計)に上るという。

 売れ行きに目をつけたタイ空軍が、「ジェット戦闘機で超音速飛行させた原料を使用」したニューモデルのジャトゥカームの製造販売を始めたほか、銀行が預金キャンペーンで自行製「ジャトゥカーム」を配布したり、民間信仰と投機の合体を不快とする人気僧侶がジャトゥカームを模したクッキーを製造するなど、官民挙げての大ブームとなった。


〈タクシン前首相、英サッカーチーム買収〉

 タクシン前首相は2007年7月、英サッカーのイングランド・プレミアリーグのクラブ、マンチェスター・シティを200億円強で買収。タイ人として初めて、英プレミアリーグのクラブのオーナーとなった。マンCはスウェーデン人で元イングランド代表監督のズベン・ゴラン・エリクソン氏を監督に迎えた上、多額の資金を投じて補強を進め、1月5日時点で今季リー グ11勝4敗6引き分けで4位の好位置につけている。

 11月にタイ代表の3選手と入団契約を結び、12月にはタクシン氏が費用を持ちタイ代表チームの出稽古を受け入れるなど、タイ復帰を目指すタクシン氏の広告塔としてもフル稼働している。


〈整形医院をめぐる連続殺人事件〉

 顔の美容整形に失敗したとしてバンコクの美容整形クリニック「バイオクリニック」を告訴した女性(53)が2007年9月13日夜、バンコク都内の自宅前で射殺された。バイオクリニックは別の男性にも手術失敗で訴えられていたが、この男性は2006年11月に殺害された。2007年3月には、バイオクリニック院長の元運転手で整形失敗裁判の証人だった男性が射殺されている。

 警察はこの事件で、院長の弟らを殺人容疑で指名手配し、容疑者数人を逮捕した。


 このほかに重大ニュースに挙がったのは、▽原始仏教への回帰を説いた高僧、ルアンポー・パンヤーナンタ僧の死去▽バンコクの連続爆弾テロ事件の未解決などによるコーウィット警察長官の更迭▽元ミスタイランドの息子が運転する乗用車がバンコクのバス停に突っ込み、1人が死亡、数人が重軽傷▽タイ・テニス界のスーパースター、パラドン・シーチャパン選手と2005年ミスユニバースのナタリー・グレボワさん(カナダ)の結婚▽タイのアイドルグループ、D2Bのボーカルで、4年前から脳の感染症でこん睡状態に陥っていたパーンラワットさん(通称、ビック)が12月に死亡——など。
《newsclip》