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タクシン氏対元側近、タイ補選で激突

2009年6月19日(金) 17時20分(タイ時間)
【タイ】タクシン元首相派の野党プアタイ所属の下院議員の失職にともなう東北部サコンナコン県の下院補選が21日に投票日を迎える。国外逃亡中のタクシン元首相は地盤の東北で負ければ求心力の一層の低下が避けられないとみて、政治集会に自ら国際電話で出演したほか、自分の弟妹やプアタイ幹部で演説上手として知られるチャルーム元内相を選挙区入りさせた。タクシン派から寝返った連立与党プームジャイタイは党首のチャワラット内相ら現役閣僚が足しげく遊説に訪れ、打倒プアタイに自信を見せている。

 先週末に行われた同補選の不在者投票では2007年の前回選挙の3407人に対し2万1060人が票を投じた。選挙区の有権者全体の8・9%に上り、大がかりな票買収のうわさが浮上している。

 東北部は過去10年近くタクシン元首相の強固な地盤だった。しかしタクシン派はクーデターや司法判断で政権を追われ、影響力が低下。そこへ元首相の元側近でプームジャイタイを率いるネーウィン元首相府相が手を伸ばし、議員の引き抜き、地盤の切り崩しを進めている。今回の補選でプームジャイタイが勝てば、プアタイの議員、派閥がプームジャイタイへ大量移籍する可能性があるとされ、両党は死に物狂いの選挙戦を展開中だ。

 一方、タイの新聞報道によると、連立政権の中核である民主党はプームジャイタイなど連立パートナーの利権要求に不快感を強め、連立解消も視野に入れ始めた。単独では過半数を割ることから、プアタイの派閥に提携を打診しているという。

〈タクシン・チナワット〉
1949年、北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータ・リース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。1995年に政界に転じ、1998年にタイラックタイ(タイ人はタイ人を愛する)党を創設。地方、貧困層へのバラマキ政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、伝統権力層との対立から、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。2007年末の総選挙でタクシン派が勝利したため、2008年2月に帰国。 8月に出国し、不在中の10月に国有地購入をめぐる権力乱用で禁固2年の実刑判決を受けた。タクシン派与党は選挙違反で12月に解党され、これに伴い、タクシン派政権からネーウィン元首相府相派と中小連立4党が民主党に寝返り、民主党連立政権が誕生した。チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツは凍結され、裁判で没収される可能性が浮上している。



〈ネーウィン・チッチョープ〉
1958年生まれ。タイ国立ラーチャパット大学ブリラム校卒。1986年以来、下院に連続当選。ただし所属政党はほぼ毎回異なる。1995年副財務相、1997年副農業・協同組合相、2002年副商務相(第1次タクシン政権)、2005年の総選挙前にチャートタイ党からタクシン派タイラックタイ党(TRT)に移籍し、2005年首相府相。2006年のクーデターでTRTが解党され、5年間の参政権停止処分を受けた。スキャンダルが絶えない一方、豪腕型で実行力があるという評価も。父は東北部ブリラム県を中心に採石場などのビジネスを手がける実業家・政治家のチャイ氏 (現下院議長)。ネーウィン氏の名前はミャンマーの元独裁者ネ・ウィンを尊敬するチャイ氏が付けた。
《newsclip》


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