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タクシン氏 「死んでも戦う」

2009年7月18日(土) 14時14分(タイ時間)
【タイ】タクシン元首相派の野党プアタイのスラポン下院議員は17日、14日にアラブ首長国連邦のドバイでタクシン元首相に会い、記者団からの質問に対するタクシン氏の回答を受け取ったことを明らかにした。

 スラポン氏によると、タクシン氏はタイの政治状況が与党民主党とプアタイという2大政党制に近付いているという認識を示した上で、軍幹部が民主党を支持し、職業軍人ではなく政治に首を突っ込んでいると非難。一方、民主党とプアタイによる連立政権も短期間ならばありうるという考えを示した。 

 自身の今後については、死んで魂になっても戦うと述べ、反タクシン派への反撃を止めないと宣言。プミポン国王に謁見を許された場合は自分が国を愛し王室に忠実だということを伝えたいと述べた。

 長年連れ添った前妻のポジャマンさんと昨年離婚したことについては、自分は政治闘争を続ける必要があり、ポジャマンさんは政治が嫌いだったためと説明。また、子供には政界入りを勧めないと話した。

 タクシン氏は国外滞在中の昨年10月、国有地購入をめぐる汚職で懲役2年の実刑判決を受け、以来帰国していない。スラポン氏はタクシン氏が7月26日に60歳の誕生日を迎えるため、誕生日プレゼントの葉巻を届けるためドバイを訪れた。

〈タクシン・チナワット〉
1949年、北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータ・リース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。1995年に政界に転じ、1998年にタイラックタイ(タイ人はタイ人を愛する)党を創設。地方、貧困層へのバラマキ政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、伝統権力層との対立から、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。2007年末の総選挙でタクシン派が勝利したため、2008年2月に帰国。 8月に出国し、不在中の10月に国有地購入をめぐる権力乱用で禁固2年の実刑判決を受けた。タクシン派与党は選挙違反で12月に解党され、これに伴い、タクシン派政権からネーウィン元首相府相派と中小連立4党が民主党に寝返り、民主党連立政権が誕生した。チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツは凍結され、裁判で没収される可能性が浮上している。
 
《newsclip》


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