RSS

シラチャーで日本人子ども向けサッカースクール —変わりゆくタイ東部—

2009年9月28日(月) 20時38分(タイ時間)
【タイ】これまで、日本人の熟年職人を多く見かけたチョンブリ県シラチャー。近頃は20—30代の赴任者がすっかり増え、シラチャーの「日本人町」もだいぶ様変わりしてきた。メーカー務めが多い町であることには変わりないが、今や「ものづくり」以外で活躍する日本人も現れるなど、日本人社会に新たなスタイルが生まれ始めている。

 相原豊氏は小学生のころから常にサッカーに接し、就職してからは社会人サッカーチームに入団、退社後も日本各地で修行を続けてきた。外国に出てきてからは、タイ(Thailand Tobacco Monopoly)、バングラデシュ、ウガンダで計3年間、プロサッカー選手として活躍。日本人選手ではタイでは2人目、バングラデシュとウガンダでは初めてだという。

 氏がシラチャーで開いたのが、「Yutaka Football Academy」。日本人の子供を中心としたサッカースクールだ。今年4月の泰日協会学校シラチャー校(シラチャー日本人学校)の開校により、今後さらに日本人の子どもの増加が見込まれるタイ東部。サッカースクールは開設1週間で、体験教室を含めて15人を集めた。

 野球に迫る勢いでサッカーが国民的スポーツになりつつある日本だが、子供たちがサッカーに接する環境というのは依然として未熟だ。まず場所を探すのが困難だ。小学校の場合、会費を募るサッカースクールは「営利目的」とみなされ、運動場を開放できない。一般の公園は、ボール遊び禁止がほとんど。「学校帰りにボール蹴り」といった気軽さがない。また、「塾通いで時間がない」といった子供も多い。

 一方、タイでは学校の運動場も公園のグランドも、利用許可を得るのは容易だ。街角でサッカーに興じる市民の姿は日本よりはるかに多く、サッカーに接する環境は恵まれている。事実、在タイ日本人から成るサッカーチームがいくつもあり、多くの日本人がサッカーを楽しんでいる。子供たちも、日本にいるときよりは時間があるようだ。

 相原氏は、サッカースクールは文字どおりサッカーを教える教室だが、サッカーは教えるものではないともいう。「外国のチームに所属しているとき、ミーティングでは言葉を理解できずに立っているだけ。しかし、実績を伸ばさないとクビになる。だから技というのは教えてもらうのではなく、常に盗んできた」。サッカー選手として自分の成長を実感したのは、外国に出てきてから。子供たちにも自分から積極的にサッカーに取り組んでもらいたいとしている。

 サッカースクールは年齢の制限なし。あらゆる歳の子供との交流の中で、サッカーだけではなくさまざまなことを学んで欲しいという。そして自らはサッカースクールでの仕事を、精神的には「教える」ではなく「伝える」ものと定めている。

 日本人にとって出張者の工場帰りの「寝床」から始まったシラチャー。東部進出の日系メーカーが増えると同時に、シラチャー暮らしの日本人も増え、日本人相手の店やサービスが現れる。このような町でのサッカースクールの開設は、「ものづくり」を中心に発展してきた日本人町への、これまでとは全く異なるアプローチといえる。

相原豊
 1979年6月21日生まれ、神奈川県出身。Yutaka Football Academyとして、平日の火、水、金、土曜にシラチャーのバンプラ幼稚園でサッカーを教える。入会金(保険など込み)1000バーツ、1レッスン(1時間)250バーツ。日曜はバンコクでも子供サッカーチーム「キッカーズ」で教えている。

電話:085-158-4073 Eメール:beef850g@yahoo.co.jp
ウェブサイト(ブログ):http://www.yutaka-fa.com/
《newsclip》


新着PR情報