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タイ空港占拠のPAD、改憲反対でデモ再開も

2009年10月7日(水) 23時06分(タイ時間)
【タイ】国会議事堂を包囲した反タクシン元首相派団体「民主主義のための市民同盟(PAD)」のデモ隊と警官隊が衝突し死傷者が出た事件から丸1年となる7日、PADの支持者数千人がバンコク都内で慰霊式典を行い、その後、民主記念塔まで行進した。警官隊との衝突はなかった。

 PADは同日午後、タマサート大学で集会を開き、タイ民主党を中心とする連立政権が憲法改正に動いていることを批判し、近く抗議集会を行う方針を明らかにした。PAD創設者で6日に新党「新政治党」の党首に就任したソンティ・リムトーンクン氏は「民主党には失望した」「民主党は誰のおかげで政権につけたのか」などと民主党を批判し、同党への不満が新党結成の理由だと主張した。

 タイの現行憲法は2006年のクーデターでタクシン政権を追放した軍部が2007年に導入したもので、任命制上院議員の導入、党役員の選挙違反による政党解党など、伝統的な権力層による政治介入を容易にする仕組みが盛り込まれている。連立政権は全上院議員を公選制に、下院の中選挙区を小選挙区に変更するなど、選挙制度をクーデター前の憲法に近い形に戻し、連座制による政党解党も改める方針だが、任命制上院議員らが反対している上、PADが街頭デモも辞さない姿勢を見せ、改憲は難航が予想される。

〈民主主義のための市民同盟(PAD)〉
 タクシン政権の支持者から反対派に急変した実業家のソンティ氏が2005年に設立した反タクシン元首相派団体。2006年春に大規模な街頭デモで政府機能をマヒ状態に追い込み、同年9月のクーデターの呼び水となった。
 2007年末の総選挙でタクシン派が政権復帰したことから活動を再開し、2008年8月末にバンコクの首相府を占拠。混乱の中、タクシン派のサマック首相が出演料を受け取りテレビの料理番組に出たことを憲法裁判所に違憲とされ、9月に失職、後任の首相にタクシン氏の義弟のソムチャーイ氏が国会で選出されたが、PADはソムチャーイ氏の就任演説を阻止するため、10月7日、国会を包囲し、強制排除を図った警官隊と衝突した。この事件で警官隊が撃った催涙弾の直撃でデモ参加者多数が重軽傷を負ったほか、PAD側の発砲、車による突進などで警官数十人が負傷した。死亡したデモ参加者は男女1人ずつで、男性は所持していた爆弾を誤爆させたとみられる。女性の死因は催涙弾の直撃とみられるが、異論もある。この女性の葬儀はシリキット王妃が主宰し、ジュラポン王女、枢密顧問官、陸海空3軍の司令官、当時野党だった民主党のアピシット党首(現首相)、PAD幹部らが出席。政府・与党首脳は姿を見せなかった。
 ソムチャーイ政権はこの事件後、もともと命令に服していなかった軍に加え、警察のコントロールも失った。11月下旬にはバンコクの2空港をPADに無抵抗で占拠され、12月、憲法裁によりタクシン派政権与党が解党され、政権が崩壊。民主党を中心とする新連立政権が発足した。
 PADはタクシン氏の権力拡大を危ぐした伝統的な権力層とタクシン氏に私怨を抱くソンティ氏ら実業家が組織化し、王党派の市民、民営化を嫌う国営企業労組などを動員したとみられる。タイ王室の支持を受けていると主張し、シンボルカラーはプミポン国王の誕生日の色である黄色。
《newsclip》


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