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タイ国王健康不安説、首相が出元調査指示 株価は反発

2009年10月16日(金) 16時51分(タイ時間)
【タイ】入院中のプミポン国王(81)の容体が悪化したといううわさが流れ株価が暴落したことについて、アピシット首相は16日、うわさの出元を調査するよう財務省などに指示したことを明らかにした。

 プミポン国王は肺の炎症、発熱などで9月19日からバンコク都内のシリラート病院に入院中。市場には14日から国王の健康不安説が流れ、SET株価指数が14日に2%、15日には一時9%近く下げた。16日は反発し、終値は前日比24・4ポイント(3・5%)高の717・1ポイントだった。

 タイには不敬罪があることから、タイ語メディアは株価暴落の原因を「うわさ」とだけ報じ、国王への言及を避けた。政治家、市場関係者も同様の対応をとっている。

 タイは2006年にクーデターが起きるなど、公の国家システムが依然不安定で、国の求心力は強いカリスマ性のあるプミポン国王が担っている。今回の株価暴落は国王の巨大な存在感とタイの国家システムの脆弱さを改めて浮き彫りにした形だ。

〈プミポン・アドゥンヤデート国王〉
 1927年、米国マサチューセッツ州ケンブリッジ生まれ。父は現王朝の中興の祖である5代目、チュラロンコン大王の数多い息子の1人だったマヒドン皇太子、母は中国系の一般女性。
 タイの絶対王政を廃した1932年の立憲革命とその後の第2次世界大戦の影響で、1934年から1952年まで主にスイスに滞在し、同国のローザンヌ大学で政治学、法学などを学んだ。
 スイスで共に暮らした兄が8代目の王に即位した直後に変死したため、1946年に9代目の王に即位。タイ帰国後は全国で数千の農業プロジェクトを手がけ、遠隔地の視察、低農薬農業や代替燃料の開発などにも取り組んだ。王室の再興にも力を尽くし、王室の儀礼・用語の復活、資金力回復を成し遂げた。
 米経済誌フォーブスがまとめた2008年の世界の王族資産番付では、推定資産350億ドルと、産油国の王族を退け、1位に輝いた。タイ外務省はフォーブスに対し、資産内容・額が事実と異なるとして反論している。
 「微笑みの国」と呼ばれるタイの国王でありながらほとんど笑顔を見せず、峻厳なイメージがある。一方、社会的弱者の救済に熱心とされ、国民からは「ポー(お父さん)」と呼ばれ、国父として深く敬愛されている。英語の伝記が2冊あるが、いずれもタイでは発禁。
 1950年に結婚した王族のシリキット王妃との間に、ワチラロンコン皇太子、ウボンラット王女、シリントン王女、チュラポン王女の1男3女。
《newsclip》


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