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タイ・カンボジアの外交紛争、鳩山首相が憂慮伝える

2009年11月8日(日) 10時00分(タイ時間)
【タイ、カンボジア】鳩山首相は7日、東京でカンボジアのフン・セン首相、タイのアピシット首相と個別に会談し、タイ、カンボジア両国の関係悪化について憂慮の念を伝えた。これに対しフン・セン首相は両国関係の歴史的背景を説明し、国境地帯は安定していると主張。アピシット首相は「今回の件はタイの司法にかかわるため、タイとして立場を示す必要があった」と述べた。両首脳は6、7日に東京で開催された日本とメコン川流域5カ国の首脳会議に出席するため日本を訪れていた。

 カンボジア政府は4日、汚職で実刑判決を受け国外逃亡中のタクシン元タイ首相を政府の経済顧問に任命したことを明らかにし、これに反発したタイが5日、駐カンボジア大使を召還、カンボジアも同日、駐タイ大使を召還した。タイは両国が領有権を主張する重複海域の共同開発をうたった覚書の破棄や国境閉鎖も示唆している。重複海域は2万6000平方キロで、天然ガスなどの埋蔵が期待されている。覚書はタクシン政権当時の2001年に調印されたが、開発は行われていない。

 両国が加盟する東南アジア諸国連合(ASEAN)のスリン事務局長は11月半ばにアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議、米国・ASEAN首脳会議が開催されることを指摘し、「ASEANが深刻な分裂を抱えているとみられては困る」として、加盟国の外相に「友好的かつ早急に解決すべき」と訴えた。また、タイ工業連盟(FTI)のサンティ会長は「タイのビジネス界は事態の悪化を望んでいない」と述べ、中国もしくはASEANによる調停に期待を示した。

 この問題についてタイの国立ラーチャパット大学スアンドゥシット校が11月5—6日にタイ国内で行った世論調査(回答者1014人)では、69%が「タクシン氏はカンボジア政府顧問に就任すべきでない」と回答した。

 タイは文化や言語の相当部分をカンボジアから輸入したが、現在は国力が衰えたカンボジアを見下す傾向が強い。カンボジアではタイ側の優越感に対する反発が強く、2003年にはタイ人女優が「アンコールワットはタイのもの」と発言したという報道をきっかけに、大規模な反タイ暴動が起き、プノンペンのタイ大使館やタイ企業のオフィスが焼き打ちに遭うなどした。

 両国関係はその後、タクシン氏とフン・セン首相の個人的な友人関係も預かって好転した。タクシン政権は保守派勢力による2006年のクーデターで崩壊したが、2007年末の総選挙で政権に復帰。タクシン派新政権は前政権が拒否していた、タイ、カンボジアの国境近くにあるクメール遺跡プレアビヒアのカンボジアによる世界遺産申請を支持した。しかし、プレアビヒアや周辺の土地の領有権を主張する保守派勢力の猛反発を受けた上、タイ憲法裁判所にカンボジア支持を違憲とされ、撤回。カンボジアはタイの支持を得ないままプレアビヒアを世界遺産に申請し、昨年7月、登録された。これをきっかけに昨年10月と今年4月、プレアビヒア周辺で両国軍が交戦し、双方の兵士数人が死亡した。タクシン派政権は昨年12月、保守派のデモ隊にバンコクの2空港を占拠された上、憲法裁に与党が解党され崩壊。その後成立した反タクシン派のアピシット政権はフン・セン首相を「やくざ」呼ばわりしたカシット元駐米大使を外相に起用し、両国関係はギクシャクしている。

〈タクシン・チナワット〉
1949年、タイ北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータ・リース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。1995年に政界に転じ、1998年にタイラックタイ(タイ人はタイ人を愛する)党を創設。地方、貧困層へのバラマキ政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。 2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、保守派との対立から、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。2007年末の総選挙でタクシン派が勝利したため、2008年2月に帰国。 8月に出国し、不在中の10月、首相在任中に妻が国有地を競売で購入したことで禁固2年の実刑判決を受けた。その後はタイに帰国せず、主にドバイに滞在している。タクシン派与党は2008年12月に選挙違反で解党され、これに伴い、タクシン派政権からネーウィン元首相府相派と中小連立4党が野党・民主党に寝返り、民主党連立政権が誕生した。チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツは凍結され、裁判で没収される可能性が浮上している。
《newsclip》


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