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カンボジア兵追放を タイの反タクシン派、15日に抗議集会

2009年11月10日(火) 21時52分(タイ時間)
【タイ】昨年11、12月にバンコクの2空港を占拠した反タクシン元首相派団体「民主主義のための市民同盟(PAD)」は10日、英タイムズ紙のネット版に掲載されたタクシン氏のインタビューと同氏のカンボジア政府顧問就任に抗議し、15日にバンコクの王宮前広場で集会を開くと発表した。「タイ国民が王室に忠誠であることを世界に示し」「犯罪者タクシンとフン・セン・カンボジア首相を非難するため」で、退役軍人などにも参加を呼び掛けた。

 PADはまた、9日に幹部がアピシット首相と約30分会談し、カンボジアへの経済援助を停止し、同国との国境紛争で強硬姿勢をとるよう求めた。1907年にアンコールワットがあるシェムリアップなどをタイが仏領インドシナに割譲した際に使用されたフランス製の地図で、現在国境紛争の焦点となっているクメール遺跡プレアビヒアがカンボジア領とされたことが問題の原点だとして、政府にこの地図の有効性を認めないよう要求。係争地域はすべてタイ領であり、駐留するカンボジア兵を追い出すべきだと主張した。

 タクシン氏は昨年10月にタイで汚職で懲役2年の実刑判決を受け国外逃亡中だが、カンボジア政府の経済顧問に任命され、10日にカンボジア入りした。カンボジアは「タクシン氏は政治の犠牲者」という立場で、タイ政府の身柄引き渡し要求に応じない方針を明らかにしている。タイ政府は同国の司法への侮辱で内政干渉だとして、5日に駐カンボジア大使を召還。カンボジアも駐タイ大使を引き揚げた。タクシン氏はまた、英紙タイムズのインタビューで、タイの立憲君主制の問題に踏み込む発言も行い、タイ国内で強い反発を招いている。タクシン氏は発言内容を否定している。

〈民主主義のための市民同盟(PAD)〉
 タクシン政権の支持者から反対派に急変した中国系2世の実業家ソンティ氏が2005年に設立した反タクシン元首相派団体。2006年春に大規模な街頭デモで政府機能を麻ひ状態に追い込み、同年9月のクーデターの呼び水となった。
 2007年末の総選挙でタクシン派が政権復帰したことから活動を再開し、2008年8月末にバンコクの首相府を占拠。混乱の中、タクシン派のサマック首相が出演料を受け取りテレビの料理番組に出たことを憲法裁判所に違憲とされ、9月に失職、後任の首相にタクシン氏の義弟のソムチャーイ氏が国会で選出されたが、PADはソムチャーイ氏の就任演説を阻止するため、10月7日、国会を包囲し、強制排除を図った警官隊と衝突した。この事件で警官隊が撃った催涙弾の直撃でデモ参加者多数が重軽傷を負ったほか、PAD側の発砲、車による突進などで警官数十人が負傷した。死亡したデモ参加者は男女1人ずつで、男性は所持していた爆弾を誤爆させたとみられる。女性の死因は催涙弾の直撃とみられるが、異論もある。
 この女性の葬儀はシリキット王妃が主宰し、ジュラポン王女、枢密顧問官、陸海空3軍の司令官、当時野党だった民主党のアピシット党首(現首相)、PAD幹部らが出席。政府・与党首脳は姿を見せなかった。
 ソムチャーイ政権はこの事件後、もともと命令に服していなかった軍に加え、警察のコントロールも失った。11月下旬にはバンコクの2空港をPADに無抵抗で占拠され、12月、憲法裁によりタクシン派政権与党が解党され、政権が崩壊。民主党を中心とする新連立政権が発足した。
 PADはタクシン氏の権力拡大を危ぐした伝統的な権力層とタクシン氏に私怨を抱くソンティ氏ら実業家が組織化し、王党派の市民、民営化を嫌う国営企業労組などを動員したとみられる。タイ王室の支持を受けていると主張し、シンボルカラーはプミポン国王の誕生日の色である黄色。数十万人の外国人が足止めされた空港占拠、3か月以上にわたる首相府占拠などで警察の取り調べを受けているが、訴追の動きは極めて鈍い。



〈プレアビヒア〉
 カンボジアのクメール王国が11—12世紀に建立したとされるヒンドゥー寺院遺跡。タイとカンボジアが領有権を争い、1962年に国際司法裁判所がカンボジア領とする判決を下したが、がけの上にありタイ側からしかアクセスが困難な上、周辺の国境が未画定のままで、両国間の火種となっている。タイのタクシン元首相派サマック政権は2008年、カンボジアによるプレアビヒアの世界遺産登録申請を支持する共同コミュニケに調印したが、保守勢力の猛反発を受けた上、憲法裁判所に違憲とされ、撤回。カンボジアはタイの支持を得ないままプレアビヒアを世界遺産に申請し、2008年7月、登録された。これをきっかけに2008年10月と2009年4月、プレアビヒア周辺で両国軍が交戦し、双方の兵士数人が死亡した。
 タイは文化や言語の相当部分をカンボジアから輸入したが、現在は国力が衰えたカンボジアを見下す傾向が強い。カンボジアではタイ側の優越感に対する反感が強く、2003年にはタイ人女優が「アンコールワットはタイのもの」と発言したという報道をきっかけに、大規模な反タイ暴動が起き、プノンペンのタイ大使館やタイ企業のオフィスが焼き打ちに遭うなどした。
《newsclip》


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