RSS

タイ空港占拠から1年、「捜査」進まず

2009年11月29日(日) 10時00分(タイ時間)
【タイ】昨年11月下旬から12月上旬にかけ、バンコクのスワンナプーム国際空港とドンムアン空港(旧バンコク国際空港)が反タクシン元首相派団体「民主主義のための市民同盟(PAD)」のデモ隊に占拠された事件で、タクシン元首相派の野党プアタイは28日、事件から1年経ってもデモ首謀者の訴追が行われていないとして、政府の対応を批判した。

 2空港が占拠された約10日間、タイの空路は麻ひし、数十万人が出入国できない事態になった。陸路出国を図り、途中で交通事故死した外国人もいる。観光や貿易など経済的な損失は数千億バーツに上ったとみられる。

 当時のタクシン派ソムチャーイ政権は空港占拠中の12月2日、タイ憲法裁判所により与党3党が選挙違反で解党され、崩壊。その後、タクシン派を除く連立与党・派閥の幹部と野党・民主党が陸軍本部で密室会談を行い、現政権が発足した。

 PADは2空港以外に、昨年8月から12月までタイ首相府を占拠したほか、発砲、暴行事件も起こし、死傷者が出ている。しかし、現政権はPADのデモと司法判断、軍の圧力で発足したことから、PAD幹部の訴追には消極的。莫大な被害を被った航空会社、旅行業界も損害賠償請求を見送っている。

〈民主主義のための市民同盟(PAD)〉
 タクシン政権の支持者だった実業家のソンティ氏が2005年に設立した反タクシン元首相派団体。2006年春に大規模な街頭デモで政府機能を麻ひ状態に追い込み、同年9月のクーデターを呼び込んだ。
 2007年末の総選挙でタクシン派が政権復帰したことから活動を再開し、2008年8月末にバンコクの首相府を占拠。混乱の中、タクシン派のサマック首相が出演料を受け取りテレビの料理番組に出たことを憲法裁判所に違憲とされ、9月に失職、後任の首相にタクシン氏の義弟のソムチャーイ氏が国会で選出されたが、PADはソムチャーイ氏の就任演説を阻止するため、10月7日、国会を包囲し、強制排除を図った警官隊と衝突した。この事件で警官隊が撃った催涙弾の直撃でデモ参加者多数が重軽傷を負ったほか、PAD側の発砲、車による突進などで警官数十人が負傷した。死亡したデモ参加者は男女1人ずつで、男性は所持していた爆弾を誤爆させたとみられる。女性の死因は催涙弾の直撃とみられるが、異論もある。
 この女性の葬儀はシリキット王妃が主宰し、ジュラポン王女、枢密顧問官、陸海空3軍の司令官、当時野党だった民主党のアピシット党首(現首相)、PAD幹部らが出席。政府・与党首脳は姿を見せなかった。
 ソムチャーイ政権はこの事件後、もともと命令に服していなかった軍に加え、警察のコントロールも失った。11月下旬にはバンコクの2空港をPADに無抵抗で占拠され、12月、憲法裁によりタクシン派政権与党が解党され、政権が崩壊。民主党を中心とする新連立政権が発足した。
 PADはタクシン氏の権力拡大を危ぐした伝統的な権力層とタクシン氏に私怨を抱くソンティ氏ら実業家が組織化し、王党派の市民、民営化を嫌う国営企業労組などを動員したとみられる。タイ王室の支持を受けていると主張し、シンボルカラーはプミポン国王の誕生日の色である黄色。
《newsclip》


新着PR情報