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〈バンコク現場取材〉 「ちきしょう、死んじまった」 目の前で銃撃戦

2010年4月11日(日) 00時07分(タイ時間)

【タイ】非常事態宣言下の4月10日夜、バンコクの民主記念塔付近でタクシン元首相支持派団体「反独裁民主戦線(UDD)」の強制排除を試みた軍とUDDが衝突、900人近い死傷者を出す惨事となった。UDD側が銃や爆発物を持ち出して軍と「戦闘」を繰り広げ、、最終的に軍が後退。強制排除は失敗に終わった。

 UDDが3月12日に舞台を設置、反政府集会の拠点としていたパーンファー橋。衝突があったコークウア交差点は、パーンファー橋と民主記念塔をつなぐわき道の途中にある。10日夕方過ぎ、地上部隊の前進やヘリコプターからの催涙弾投下など、軍による強制排除が本格化する中、コークウア交差点でUDDと軍が衝突した。死亡した日本人ジャーナリストはこのとき被弾したものと思われる。

 UDD幹部によるパーンファー橋への集結の呼びかけに、支持者が続々と押し寄せる。その一部が、コークウア交差点手前で材木などを集めて道路を封鎖、軍とにらみ合いを続けた。午後9時過ぎ、突然銃声が響き、民主記念塔の方から押されるような感じで、兵士の隊列が突然崩れた。兵士らは装甲車を盾に応戦し、十数人が前進、2度目の衝突が始まった。銃撃戦は20—30分続いた。

 銃声が収まったところで、兵士の1人が「衛生兵!」と叫ぶ。前進した兵士のかなりが負傷、担架を手にした衛生兵を先頭に、救出のための兵士が物陰に隠れながら進む。
 10人以上の兵士が、担架に乗せられたり担がれたりしながら後退。その中に目を見開いたままの兵士がいて、安全な場所まで担いできた兵士が、「ちきしょう、死んじまった」と怒鳴り声を上げた。負傷のほとんどが被弾だった。数分のうちに民間のレスキュー隊の救急車が5、6台到着、負傷兵を病院に運んでいく。

 銃撃戦が収まると、たった今交戦したはずのUDD支持者数人が近づいてきて、軍が撃った銃の空薬きょうを拾い始めた。そのうちの1人が、「装甲車の前で写真を撮ってくれ」と声をかけてきた。UDD側は銃を持っていたのかと尋ねると、銃の使用は否定。しかし銃撃戦でUDD支持者の1人が転倒、腰に付けていた手りゅう弾が暴発したと言い、軍からの強奪を暗に認めた。UDD側は5人が死んだと話していた。

 民主記念塔の方に向かうと、道路に脳しょうが散らばっていた。その先では装甲車をはじめとする軍の車両7、8台がUDDに強奪されており、車内に残された兵士2人が両手を上げながら出てきた。一帯にはコンクリートやガラスの破片、鉄や木の棒、催涙弾の煙を消すためのペットボトルが散乱、衝突の激しさをうかがわせた。
《newsclip》

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