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次期タイ首相候補1位に野党インラク氏 バンコクでの私大世論調査

2011年5月24日(火) 12時30分(タイ時間)
【タイ】タイの私立バンコク大学が5月20—22日にバンコク都内で実施した世論調査(回答者1178人)で、「次期首相に誰を望むか」という質問に、26・9%がタクシン元首相派の野党プアタイの比例代表1位でタクシン氏の妹のインラク氏と回答した。アピシット首相は17・4%で2位だった。3位はソープランドチェーン元オーナーのチューウィット氏で3・6%。

 7月3日の下院選を前にした政党支持率は比例代表がプアタイ25・8%、アピシット首相率いる与党民主党14・7%、小選挙区がプアタイ26・3%、民主15・2%だった。「まだ決めていない」は両方とも約52%。

 インラク氏は政治経験がないことから、アピシット首相の対抗馬としては力不足と見られていた。しかし、北部、中部の政治集会、選挙活動で、エネルギッシュかつ庶民的という、タクシン元首相をほうふつとさせるパフォーマンスをみせ、評価が急上昇している。

 各種世論調査によると、プアタイは全国レベルの支持率でも民主党をややリードしている。アピシット首相はバンコクでの議席数が選挙を左右すると発言していたが、首都でもプアタイに押され気味で、厳しい選挙戦を強いられそうだ。ただ、民主はプアタイの単独過半数を阻めば、中小政党との連立で政権を維持できるとみられ、勝負の行方は依然不透明だ。

〈タクシン・チナワット〉 
 1949年、タイ北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータリース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。
 1995年に政界に転じ、1998年に政党を設立。地方、貧困層へのばらまき政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。2007年末の総選挙でタクシン派が勝利したため、2008年2月に帰国。 8月に出国し、不在中の10月、首相在任中に妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受けた。その後はタイに帰国せず、主にドバイに滞在している。
 タクシン派与党は2008年12月に選挙違反で解党され、これに伴い、タクシン派政権からネーウィン元首相府相派と中小連立4党が野党・民主党に寝返り、民主党連立政権が誕生した。
 チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツはクーデター後に凍結され、タイ最高裁が2010年2月26日、不正蓄財だとして、このうち464億バーツの国庫没収を命じた。

〈インラク・チナワット〉
 1967年生まれで、9人兄弟の末っ子。タイ国立チェンマイ大学政治・行政学部卒、米ケンタッキー州立大学経営学修士。兄のタクシン氏が創業したタイ携帯電話サービス最大手アドバンスド・インフォ・サービス(AIS)、チナワット財閥の不動産会社SCアセットなどの社長を務めた。政治経験はほとんどない。事実婚で子供が1人いる。

〈アピシット・ウェーチャチーワ〉
 1964年、両親の滞在先である英国のニューカッスルで生まれた。タイ国籍のほか、英国籍を持つ。英国の名門パブリックスールであるイートン校から英オックスフォード大学に進み、経済学修士号を取得。1992年にタイ下院に初当選し、1997—2001年首相府相、2005年からタイ民主党党首、2008年から首相と、超エリートコースを歩んだ。両親と姉は医師で、父は閣僚経験がある。妹は2006年の東南アジア文学賞を受賞した作家。アピシットはタイ語で「特権」を意味する。
《newsclip》


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