RSS

タイ初の女性首相誕生 兄タクシン氏のリモコン内閣か

2011年8月9日(火) 00時10分(タイ時間)
【タイ】タイのプミポン国王は8日、5日に下院で首相指名を受けたタクシン元首相派政党プアタイのインラク・チナワット下院議員(44)を28代目のタイ首相に任命した。女性がタイの首相に就任するのは初めて。インラク氏は政治経験がほとんどなく、兄で国外逃亡中のタクシン・チナワット元首相(62)がリモートコントロールで国政を操る見通しだ。

 インラク氏は任命を受けた後、バンコク都内のプアタイ党本部で記者会見を開き、王室に対し繰り返し忠誠を誓い、タクシン派と反タクシン派に分断された国民の和解に努めるなどと述べた。今年12月のプミポン国王の84歳の誕生日に言及した際には、「80回目の誕生日」と言い間違えたが、落ち着いて言い直した。閣僚名簿は一両日中に国王に提出する予定という。

 インラク氏は9人兄弟の末っ子で、タイ国立チェンマイ大学政治・行政学部卒。米ケンタッキー州立大学で経営学修士号を取得後、兄のタクシン氏が創業したタイ携帯電話サービス最大手アドバンスド・インフォ・サービス(AIS)、チナワット財閥の不動産会社SCアセットなどの経営幹部を務めた。事実婚で子供が1人いる。過去数年、タクシン派政党の議員候補の応援演説をこなしてきたが、これまで国会議員になったことも、行政に携わった経験もない。しかし、2008年に汚職で有罪判決を受け国外逃亡中のタクシン氏はインラク氏を「自分のクローン」と呼び、7月3日の下院総選挙を前に、プアタイの比例代表1位に抜てき。インラク氏は選挙戦でタクシン氏譲りのカリスマ性を見せ旋風を巻き起こし、プアタイは総選挙で過半数を獲得、政権与党の民主党を大差で破り、政権に復帰した。

 タイでは過去数年、特権階級を中心とする反タクシン派と、地方住民、中低所得者層が多いタクシン派の政治抗争が続いている。タクシン派は2001年、2005年、2007年、2011年と総選挙で4連勝中だが、2006年には軍事クーデター、2008年には「司法クーデター」と呼ばれた裁判所によるタクシン派与党解党で政権を失った。また、タクシン派政権当時の2008年には反タクシン派の市民が首相府やバンコクの2空港を占拠。反タクシン派政権の2010年にはタクシン派がバンコク都心部を長期占拠し、治安部隊との衝突で91人が死亡、1400人以上が負傷した。


20110808%20New%20PM%20-%207.jpg
インラク新首相と夫、息子

20110808%20New%20PM%20-%204.jpg

〈タクシン・チナワット〉
 1949年、タイ北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータリース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。
 1995年に政界に転じ、1998年に政党を設立。地方、貧困層へのばらまき政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。2007年末の総選挙でタクシン派が勝利したため、2008年2月に帰国。8月に出国し、不在中の10月、首相在任中に妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受けた。その後はタイに帰国せず、主にドバイに滞在している。
 タクシン派与党は2008年12月に選挙違反で解党され、これに伴い、タクシン派政権からネーウィン元首相府相派と中小連立4党が野党・民主党に寝返り、民主党連立政権が誕生した。
 チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツはクーデター後に凍結され、タイ最高裁が2010年2月26日、不正蓄財だとして、このうち464億バーツの国庫没収を命じた。
《newsclip》


新着PR情報