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タクシン元首相、8月下旬に訪日 日本政府が入国許可

2011年8月14日(日) 21時51分(タイ時間)
【タイ】タイ外務省情報局のターニー局長は14日、タイのタクシン元首相が22—28日に日本を訪問することを明らかにした。東日本大震災の被災地を訪れるほか、講演を行う予定という。

 タクシン氏は国外滞在中の2008年、首相在任中に当時の妻が競売で国有地を取得したことで汚職の実刑判決を受け、以来、タイに帰国していない。反タクシン派アピシット政権(2008—2011年)下でパスポートも取り上げられ、現在はモンテネグロなどのパスポートを使用しているとされる。日本の入管法では原則として入国が認められないが、7月のタイ総選挙でタクシン派政党が勝利し、タクシン氏の妹のインラク氏が首相に就任したことから、日タイ関係を考慮した日本政府が入国を特別に許可するもようだ。

 タイの首相は就任後、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国を訪問し、その後、日本や中国を訪れるのが慣例。タイの「影の首相」であるタクシン氏の早期訪日はインラク政権と日本の関係構築にプラスに働く見通しだ。ただ、タイ国内の反タクシン派からは「タイと同じ立憲君主制の日本が(反タイ王室のイメージがある)タクシン氏の入国を認めるのは心外」といった反発も出ている。

〈タクシン・チナワット〉
 1949年、タイ北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータリース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。
 1995年に政界に転じ、1998年に政党を設立。地方、貧困層へのばらまき政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。2007年末の総選挙でタクシン派が勝利したため、2008年2月に帰国。8月に出国し、不在中の10月、首相在任中に当時の妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受けた。その後はタイに帰国せず、主にドバイに滞在している。
 タクシン派与党は2008年12月に選挙違反で解党され、これに伴い、タクシン派政権からネーウィン元首相府相派と中小連立4党が野党・民主党に寝返り、反タクシン派アピシット民主党連立政権が発足した。
 チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツはクーデター後、凍結され、タイ最高裁が2010年2月、不正蓄財だとして、このうち464億バーツの国庫没収を命じた。同年4、5月、タクシン派のデモ隊がバンコク都心部を占拠し、治安部隊との衝突で、91人が死亡、1400人以上が負傷。デモは最終的に武力鎮圧されたが、銃撃戦や放火でバンコク都内は大混乱に陥った。
 アピシット政権は翌2011年5月に下院を解散。7月の総選挙ではタクシン派政党プアタイが過半数を制して政権に復帰し、タクシン氏の妹のインラク氏が8月に首相に就任した。
《newsclip》


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