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タクシン氏とインラク首相、兄妹が相次ぎカンボジア訪問か

2011年9月12日(月) 01時15分(タイ時間)
【タイ】タイのインラク首相は10日、恒例となっている首相就任後の東南アジア諸国連合(ASEAN)歴訪の第1弾として、ブルネイを訪問した。同国のボルキア国王と会談、国王主催の晩餐会に出席し、深夜にタイに帰国した。

 インラク首相は帰国後、兄のタクシン元首相が同時期にブルネイを訪れたという一部報道を否定した。

 一方、タクシン元首相の法律顧問であるノパドン元外相は10日、元首相がカンボジアから招待を受け、9月第3週に同国を訪れる可能性があることを明らかにした。インラク首相は15日にカンボジアを訪問する予定で、様々な憶測を呼びそうだ。

 タクシン元首相派団体「反独裁民主戦線(UDD)」のタイ下院議員らも23、24日にカンボジアを訪問し、プノンペンでカンボジア政府関係者とサッカーの親善試合を行う予定。タイとカンボジアは反タクシン派のタイ前政権下で武力衝突を繰り返し、関係が険悪化したが、カンボジアのフン・セン首相と個人的に親しいタクシン元首相がタイ政権の最高実力者に返り咲いたことで、雪解けが進むとみられている。

 タクシン元首相は国外滞在中の2008年にタイ国内で汚職で懲役2年の有罪判決を受け、以来、タイに帰国していない。タイの前政権は各国にタクシン氏の入国拒否や逮捕・送還を要請したが、ブルネイやカンボジアはタクシン氏の入国を認めていた。

〈タクシン・チナワット〉
 1949年、タイ北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータリース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。
 1995年に政界に転じ、1998年に政党を設立。地方、貧困層へのばらまき政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。軍部はクーデターの理由に、タクシン氏のタイ王室軽視と汚職を挙げた。
 民政移管のため行われた2007年末の総選挙でタクシン派が勝利し、タクシン氏は2008年2月に帰国。8月に出国し、不在中の10月、首相在任中に当時の妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受けた。その後はタイに帰国せず、主にドバイに滞在している。
 タクシン派与党は2008年12月に選挙違反で解党され、これに伴い、タクシン派政権からネーウィン元首相府相派と中小連立4党が野党・民主党に寝返り、反タクシン派アピシット民主党連立政権が発足した。
 チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツはクーデター後、凍結され、タイ最高裁が2010年2月、不正蓄財だとして、このうち464億バーツの国庫没収を命じた。同年4、5月、タクシン派のデモ隊がバンコク都心部を占拠し、治安部隊との衝突で、91人が死亡、1400人以上が負傷。デモは最終的に武力鎮圧されたが、銃撃戦や放火でバンコク都内は大混乱に陥った。
 アピシット政権は翌2011年5月に下院を解散。7月の総選挙ではタクシン派政党プアタイが過半数を制して政権に復帰し、タクシン氏の妹のインラク氏が8月に首相に就任した。
《newsclip》


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