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タクシン氏への恩赦を閣議認可か 野党反発、妹の首相は外遊へ

2011年11月16日(水) 21時09分(タイ時間)
【タイ】タイの新聞各紙は16日、15日の閣議でタクシン元首相(62)の恩赦の道を開く恩赦勅令案が承認されたもようだと報じた。タイでは例年、プミポン国王の誕生日(12月5日)に恩赦を実施しており、報道内容どおりの恩赦勅令案を国王が承認すれば、タクシン氏は帰国がかなうことになる。

 タイ字各紙によると、恩赦勅令案の対象は60歳以上、懲役3年以下で、これまで対象外だった汚職犯、麻薬犯も含まれる。また、刑期の一部を服役したかどうかも問わない。

 タクシン氏は国外滞在中の2008年、首相在任中の2003年に当時の妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受け、以来、タイに帰国していない。

 タクシン氏の妹のインラク首相(44)は15日の閣議に出席せず、16日は公務多忙を理由に記者団の質問に応じなかった。首相は同日夜、東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議などに出席するためインドネシアに向かった。

 タクシン氏に近いチャルーム副首相は16日、恩赦勅令案を法務省で審議していると述べた。
 
 アピシット民主党党首(前首相)は16日、タクシン氏への恩赦は法治の破壊であり、新たな政治危機を招くとして、反対の立場を明確にした。

〈タクシン・チナワット〉
 1949年、タイ北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータリース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。
 1995年に政界に転じ、1998年に政党を設立。地方、貧困層へのばらまき政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。軍部はクーデターの理由に、タクシン氏のタイ王室軽視と汚職を挙げた。
 民政移管のため行われた2007年末の総選挙でタクシン派が勝利し、タクシン氏は2008年2月に帰国。8月に出国し、不在中の10月、首相在任中に当時の妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受けた。その後はタイに帰国せず、主にドバイに滞在している。
 タクシン派与党は2008年12月に選挙違反で解党され、これに伴い、タクシン派政権からネーウィン元首相府相派と中小連立4党が野党・民主党に寝返り、反タクシン派アピシット民主党連立政権が発足した。
 チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツはクーデター後、凍結され、タイ最高裁が2010年2月、不正蓄財だとして、このうち464億バーツの国庫没収を命じた。同年4、5月、タクシン派のデモ隊がバンコク都心部を占拠し、治安部隊との衝突で、91人が死亡、1400人以上が負傷。デモは最終的に武力鎮圧されたが、銃撃戦や放火でバンコク都内は大混乱に陥った。
 アピシット政権は翌2011年5月に下院を解散。7月の総選挙ではタクシン派政党プアタイが過半数を制して政権に復帰し、タクシン氏の妹のインラク氏が8月に首相に就任した。
《newsclip》


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