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政争死者に1900万円 タイ政府、異例の多額補償金

2012年1月10日(火) 21時35分(タイ時間)
【タイ】タイのタクシン元首相派インラク政権は10日の閣議で、タクシン政権(2001—2006年)を追放した2006年の軍事クーデターから2010年のタクシン派によるバンコク都心部占拠に至る政争で死傷した、もしくは逮捕・拘束された人に対し、総額20億バーツの補償金を支払う方針を固めた。

 死者の遺族には葬儀代などを含め775万バーツ(約1900万円)、負傷者には22・5万—660万バーツと治療費、逮捕・拘束され不起訴になった、もしくは無罪となった人にも拘束期間に応じ補償金を支払う。

 タイでは交通事故で死亡した場合、数万から数十万バーツで示談となることがほとんどだ。今回の補償額は異例の高額で、多数の死者を出したタクシン派市民への報償という見方が出ている。

〈タクシン・チナワット〉
 1949年、タイ北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータリース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。
 1995年に政界に転じ、1998年に政党を設立。地方、貧困層へのばらまき政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。軍部はクーデターの理由に、タクシン氏のタイ王室軽視と汚職を挙げた。
 民政移管のため行われた2007年末の総選挙でタクシン派が勝利し、タクシン氏は2008年2月に帰国。8月に出国し、不在中の10月、首相在任中に当時の妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受けた。その後はタイに帰国せず、主にドバイに滞在している。
 タクシン派与党は2008年12月に選挙違反で解党され、これに伴い、タクシン派政権からネーウィン元首相府相派と中小連立4党が野党・民主党に寝返り、反タクシン派アピシット民主党連立政権が発足した。
 チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツはクーデター後、凍結され、タイ最高裁が2010年2月、不正蓄財だとして、このうち464億バーツの国庫没収を命じた。同年4、5月、タクシン派のデモ隊がバンコク都心部を占拠し、治安部隊との衝突で、91人が死亡、1400人以上が負傷。デモは最終的に武力鎮圧されたが、銃撃戦や放火でバンコク都内は大混乱に陥った。
 アピシット政権は翌2011年5月に下院を解散。7月の総選挙ではタクシン派政党プアタイが過半数を制して政権に復帰し、タクシン氏の妹のインラク氏が8月に首相に就任した。
《newsclip》