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インラク首相とプレム議長が同席、タクシン氏が和解演出?

2012年2月12日(日) 15時42分(タイ時間)
【タイ】昨年9—12月にタイ中部で発生した大洪水で対策・救援にあたった官民の関係者を慰労するディナーパーティーが10日、バンコクのタイ首相府で開かれ、インラク首相、プミポン国王の側近であるプレム枢密院議長、閣僚、枢密顧問官、外交官、軍高官、実業家ら500人以上が出席した。

 首相とプレム議長が公の場で会うのは1月19日のタイ陸軍記念日の晩さん会以来2度目。プレム議長はタクシン政権を追放した2006年の軍事クーデターの黒幕とタクシン元首相派がみなす人物で、今回のパーティーは、タクシン元首相がプレム議長を招待して自分の妹のインラク首相と同席させ、タクシン派と反タクシン派の和解ムードを演出したとみられている。プレム議長は和解に後ろ向きという批判を避けるために招待を受けたもようだ。

 パーティーの経費は1000万バーツに上ると報じられ、反タクシン派の野党民主党は「税金の無駄遣い」と批判した。

〈プレム・ティンスラーノン〉
 1920年、南部ソンクラー生まれ。1978—1980年陸軍司令官。1980—1988年首相。プレム政権は非議員のプレム氏が特権階級や軍の威光を背景に首相を務める変則的な政治体制で、「半分の民主主義」と呼ばれた。プミポン国王の信頼があつく、1988年の首相退任時に枢密顧問官に任命されるとともに、「ラタブルット(国家功労者)」の称号を受けた。1998年から枢密院議長。
 政財官界に極めて強い影響力を持つ。年末年始やタイ正月、自身の誕生日前日などには毎年、現役の軍、警察の最高幹部が祝賀に訪れることから、軍の最終的な人事権はプレム議長が握っているという見方がある。
 結婚したことはなく、最近は公の場に若い男性にエスコートされ登場することが多い。
 2006年のクーデターで追放されたタクシン元首相は首相在任中、政府による行政機構、軍の完全掌握を図り、政権末期にはプレム議長と激しく対立。クーデター後は議長を「クーデターの黒幕」「スーパーパワー」などと呼び、「二重政権状態を作り出した」と批判した。タイには不敬罪があり、国王批判は刑事罰の対象となる。
《newsclip》


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