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反タクシン派団体トップ、証取法違反で懲役20年

2012年3月1日(木) 01時30分(タイ時間)
【タイ】新聞社マネジャー・メディア・グループ(MGR)の創業者で反タクシン元首相派団体「民主主義のための市民同盟(PAD)」の創設者でもあるソンティ・リムトーンクン氏(64)が証券取引法違反に問われた裁判で、タイ刑事裁判所は28日、ソンティ氏に懲役20年の実刑判決を下した。ソンティ氏は控訴し、1000万バーツの保釈保証金で即日保釈された。

 判決によると、ソンティ氏は1996—1997年にかけ、MGRの経営状況を偽り、タイ国営クルンタイ銀行(KTB)から約11億バーツの融資を受けた。

 MGRは1983年創業。1980年代の経済成長で部数を伸ばし、1990年にタイ証券取引所(SET)に上場した。その後、通信衛星、携帯電話サービス、英字紙へと事業展開を図ったが、急拡張と1997年のアジア経済危機で経営破たんし、1999年に会社更生法の適用を受けた。

 MGRは2001年の下院総選挙で全社を挙げてタクシン派政党を支持。タクシン政権が発足すると、ソンティ氏と親しい銀行家のウィロート・ヌアンケー氏がKTBの社長になり、KTBはウィロート社長の下、MGRに対する債権16億バーツを放棄した。

 MGRは経営再建に失敗し、2008年に裁判所が破産を宣告したが、傘下の新聞、雑誌はその後、スタッフごとPAD系の別会社に移動し、発行を続けている。

〈民主主義のための市民同盟(PAD)〉
 タクシン政権(2001—2006年)当時の2005年に中国系2世のタイ人実業家ソンティ氏が設立。タクシン氏の王室への不敬、汚職疑惑などを追及し、2006年に数万人規模の街頭デモをバンコクで連続開催、政治機能を麻ひさせ、同年9月の軍事クーデターによるタクシン政権追放を呼び込んだ。
 2007年末の総選挙でタクシン派が政権に復帰したことから活動を再開し、2008年8月から同年12月まで首相官邸にあたるタイ首相府を数千人で占拠。11月下旬からバンコクの2空港も占拠し、タイの空路交通を遮断した。空港占拠中の12月に憲法裁判所がタクシン派与党を解党、反タクシン派の民主党を中心とするアピシット政権が発足したことから活動を停止した。
 2011年になり、カンボジアとの国境紛争への対応などを口実にアピシット政権への対立姿勢を明確にし、1月下旬からタイ首相府前で座り込みの反政府デモを開始。2008年同様、クーデターによる政権打倒を支持するなど、一部特権階級の代弁者的な主張を行った。同年7月の総選挙では投票ボイコットを呼びかけた。
 PADはタクシン氏の権力拡大や民主主義の浸透を危ぐした特権階級の影響下にあるとみられる。タイ王室の支持を受けていると主張し、シンボルカラーはプミポン国王の誕生日の色である黄色。2008年10月にPADのデモ隊が国会議事堂周辺で警官隊と衝突し、支持者の女性が死亡した際には、シリキット王妃が葬儀を主宰した。
《newsclip》


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