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タイのタクシン元首相、安倍首相と会食

2013年10月31日(木) 03時33分(タイ時間)
【タイ】タイのタクシン元首相は26日、東京で安倍首相と昼食をともにした。

 タクシン氏は28日、インターネットの交流サイト、フェイスブックの自らのページで、安倍首相と会ったことに触れ、アベノミクスで日本経済が好転したと評価。タクシン氏自身が首相に就任した際も矢継ぎ早に政策を打ち出して景気を好転させたとして、自分の過去の業績と重ね合わせた。

 15日以内の短期滞在で日本を訪れるタイ人に対し、7月から日本が査証(ビザ)を免除したことについては、ビザ免除後も日本に不法滞在するタイ人が大きく増えたわけでないことを確認したとして、安倍首相も「(不法滞在を)懸念しておらず、ビザ免除を止める考えはない」と述べたと記した。

 タクシン氏はタイのインラク首相の兄。国外滞在中の2008年に汚職で禁錮2年の実刑判決を受け、以来、タイに帰国していないが、インラク政権の最高実力者とみられている。

 フェイスブックによると、タクシン氏は9月22日にシンガポールでF1を観戦し、シンガポールのリー・シェンロン首相、ブルネイのボルキア国王らと会った。その後、北京でしばらく過ごし、中国政府の要人らと会い、韓国、シンガポールを経て、来日した。


〈タクシン・チナワット〉
 1949年、タイ北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータリース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。
 1995年に政界に転じ、1998年に政党を設立。地方、貧困層へのばらまき政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。軍部はクーデターの理由に、タクシン氏のタイ王室軽視と汚職を挙げた。
 民政移管のため行われた2007年末の総選挙でタクシン派が勝利し、タクシン氏は2008年2月に帰国。8月に出国し、不在中の10月、首相在任中に当時の妻が国有地を競売で購入したことで禁錮2年の実刑判決を受けた。その後はタイに帰国せず、主にドバイに滞在している。
 タクシン派与党は2008年12月に選挙違反で解党され、これに伴い、タクシン派政権から一部派閥と中小連立4党が野党・民主党に寝返り、反タクシン派アピシット民主党連立政権が発足した。
 チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツはクーデター後、凍結され、タイ最高裁が2010年2月、不正蓄財だとして、このうち464億バーツの国庫没収を命じた。同年4、5月、タクシン派のデモ隊がバンコク都心部を占拠し、治安部隊との衝突で、91人が死亡、1400人以上が負傷。デモは最終的に武力鎮圧されたが、銃撃戦や放火でバンコク都内は大混乱に陥った。
 アピシット政権は翌2011年5月に下院を解散。同年7月の総選挙ではタクシン派政党プアタイが過半数を制して政権に復帰し、タクシン氏の妹のインラク氏が8月に首相に就任した。
《newsclip》

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