RSS

反タイ政府デモ指導者、軍の支持得られず

2013年12月16日(月) 02時42分(タイ時間)
【タイ】反政府デモが続くバンコクで、政治改革を話し合うフォーラムが14、15日に開催された。

 14日のフォーラムはタイ軍が主催し、デモ指導者のステープ元副首相(元民主党幹事長)のほか、タナサク国軍最高司令官ら軍幹部が私服で出席した。ステープ元副首相は席上、「以前は国が危機に瀕すると、戦車が出動して3時間で片がついた。今は民主的な軍だから、多分クーデターは起こさないと思うし、それ望んでいるわけではない。しかし、国民は立ち上がった。軍が国民の側に立ち、政府に仕えるのを止めれば、ことはすぐに終わる」と述べた。タイのテレビ局はステープ元副首相のこの発言を「軍事クーデターによるインラク政権打倒を呼びかけた」と報じた。

 タナサク国軍最高司令官はフォーラム後、陸海空軍の司令官とともに記者会見し、「ステープさんには2月2日の総選挙を公正なものにするために何をすべきかを考えてほしい」と述べ、総選挙を支持する考えを示した。プラユット陸軍司令官がデモ隊を支持しているのではないかという質問には、「陸軍司令官は私の隣に座っている。デモ隊を支持しているならステープ兄さんの隣にいるはずだ」と述べた。

 15日には政府主催のフォーラムが開かれ、学界、政治団体、軍などの代表が出席した。ステープ元副首相やデモを主導する野党民主党の幹部らは「政府による茶番だ」として参加しなかった。席上、ニパット国防次官は「軍は2月2日の総選挙を支持する」と述べた。

 今回のデモのきっかけは、タクシン元首相派と反タクシン派の政治抗争で投獄、訴追された人に包括的な恩赦を与える恩赦法案。汚職で実刑判決を受け国外逃亡中のタクシン元首相の帰国が可能になるため、11月1日に法案が議会下院を通過すると、民主党など反タクシン派はバンコクで数千人規模の街頭デモを繰り返し、法案破棄を訴えた。アピシット民主党政権(2008―2011年)によるタクシン派デモ鎮圧の責任追及ができなくなるとして、タクシン派市民団体も反対したことから、法案を作成したタクシン派与党プアタイは取り下げを決め、恩赦法案は11月11日、上院で否決され、廃案になった。

 法案が廃案となったことで、事態は沈静化に向かうかにみえたが、ステープ元副首相は様々な職種の代表からなる「人民議会」に国権を委ね、「タクシン・システムの根絶」を図るという構想を打ち出して、デモを継続。タクシン元首相の妹であるインラク首相の辞任や議会下院の解散では問題は解決しないとして、デモで政府機能を麻ひさせて権力を奪取する事実上のクーデターに乗り出し、11月下旬にバンコク郊外の政府総合庁舎、都内の財務省などをデモ隊で占拠した。

 デモは徐々に過激化し、12月1日、2日には、タイ首相府やバンコク首都警察への突入を図るデモ隊に、警官隊が数百発の催涙ガス弾を発射。11月30日夜から12月1日にかけては、タクシン派が集会を行っていたラチャマンカラ国立競技場周辺で、反タクシン派の学生、職業訓練校生とタクシン派市民が銃を撃ち合うなどし、4人が死亡、バスが放火され、炎上するなどした。

 デモは12月5日のプミポン国王誕生日の前後に一旦休止したが、8日になり、民主党が党所属の下院議員全員の議員辞職を発表。翌9日、ステープ元副首相、アピシット民主党党首(前首相)らが率いる反タクシン派市民約20万人がバンコク都内をデモ行進し、タイ首相府を包囲した。

 インラク首相は9日、テレビ演説を行い、「(政府・与党と民主党の)どちらが国民の多数の支持を得ているか、審判を仰ぐ」と述べ、下院を解散、総選挙を行うと表明した。プミポン国王は同日、解散総選挙を承認し、投票日は2014年2月2日に決まった。

 一方、ステープ元副首相は9日夜、首相府近くの反政府集会場で演説し、主権在民をうたったタイの憲法3条を根拠に、インラク政権から権力をはく奪し、国権は国民に返還されたと宣言。「人民議会」を設置し、8―15カ月かけて、県知事の公選制、汚職防止強化策などを実現した後、総選挙を行うという行動方針を示した。
《newsclip》


新着PR情報