RSS

タイ議会下院選無効か 憲法裁が近く判決

2014年3月18日(火) 17時37分(タイ時間)
プアタイ党の記者会見の画像
プアタイ党の記者会見
写真提供、プアタイ党
プアタイ党の記者会見の画像
プアタイ党の記者会見
写真提供、プアタイ党
プアタイ党の記者会見の画像
プアタイ党の記者会見
写真提供、プアタイ党
プアタイ党の記者会見の画像
プアタイ党の記者会見
写真提供、プアタイ党
プアタイ党の記者会見の画像
プアタイ党の記者会見
写真提供、プアタイ党
プアタイ党の記者会見の画像
プアタイ党の記者会見
写真提供、プアタイ党
【タイ】2月2日のタイ議会下院選挙が無効だとしてオンブズマンが訴えた裁判で、憲法裁判所は近く判決を下す見通しだ。

 下院選は野党民主党のボイコットと反政府デモ隊による立候補・投票妨害で、当選者が下院開会に必要な定足数に達していない。オンブズマンはこうした状況について、▽下院選が全国で同じ日に実施できなかった▽投票日から30日以内に下院を開会できなかった▽インラク政権が選挙期間中の1月に非常事態宣言を発令した――などの点で憲法に違反したと主張している。

 今回の裁判について、タクシン元首相派の与党プアタイ(タイのため)党は18日、記者会見を開き、民主党、選挙委員会、オンブズマン、憲法裁などが共謀し、最初から下院選を無効にする計画だった可能性があると主張。民主党系デモ隊による妨害で投票が行えなかった選挙区での選挙のやり直しを選挙委が大幅に遅らせ、訴える権限がないオンブズマンからの訴えを憲法裁が受理したなどとして、こうした機関が民主主義の破壊を企てていると批判した。

 タイでは2006年以降、地方住民、中低所得者が多いタクシン派と、特権階級、バンコクの中間層を中心とする反タクシン派の抗争が続き、政治、社会が混乱している。

 反タクシン派はタクシン元首相を反王室の腐敗政治家と糾弾し、タクシン政権(2001―2006年)は2006年、特権階級の意向を受けた軍事クーデターで崩壊した。2007年末の民政移管選挙で発足したタクシン派政権も、反タクシン派デモ隊による首相府やバンコクの2空港の占拠で追い込まれ、2008年末、裁判所命令で「選挙違反」により政権を失った。

 劣勢に立たされたタクシン派は「特権階級が軍、司法を動かし、民主主義と法治をねじまげている」と主張し、2009年、2010年と民主党連立政権打倒のデモを実施。2010年にはデモ隊と治安部隊の衝突で、91人が死亡、約2000人が負傷した。2011年の下院選ではタクシン派が再び勝利し、タクシン元首相の妹のインラク氏が首相に就任した。

 インラク政権は昨年、タクシン派と反タクシン派の政治抗争で投獄、訴追された人に包括的な恩赦を与える恩赦法案の成立を図ったが、汚職で実刑判決を受け国外逃亡中のタクシン元首相の帰国が可能になるため、10月からバンコクで大規模な反タクシン・反政府デモが始まった。インラク首相は12月、民意を問うとして、下院を解散。選挙では勝ち目が薄い反タクシン派側は民主党が下院選をボイコットする一方、反政府デモ隊が1月からバンコクの主要交差点を占拠し、2月2日の下院選では民主党の地盤であるバンコク、南部などで投票を妨害した。デモ隊は3月2日に主要交差点の占拠を解除したが、インラク政権の打倒、タクシン元首相の影響力排除を掲げ、政府との対話を拒否している。
《newsclip》


新着PR情報