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反タイ政府デモ指導者がファッション誌の表紙に 異例の大ヒット

2014年3月31日(月) 14時06分(タイ時間)
反タイ政府デモ指導者がファッション誌の表紙に 異例の大ヒットの画像
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【タイ】バンコクの反政府デモを率いる野党民主党のステープ元副首相がタイのファッション誌「リップス」2月号(3月16日発売)の表紙を飾った。

 同誌の販売部数は通常、3万―5万部だが、「ザ・パワー・オブ・チェンジ」と銘打ち、ステープ元副首相のインタビューを掲載した2月号は20万部以上を売り上げる大ヒットとなった。

 バンコクでの反政府デモは上流層、中産階級の支持を集め、数十万人規模の動員力がある。一流大学やメディアの関係者は大多数が反政府デモの支持者だ。

〈ステープ・トゥアクスバン〉
 1949年、南部スラタニ県生まれ。父は県内の村長(ガムナン)だった。タイ国立チェンマイ大学政治学部を卒業後、米国に留学し、ミドルテネシー州立大学で政治学修士号を取得。帰国後、父親の後継候補として、26歳でガムナン選に出馬し当選。1979年の下院選に民主党候補としてスラタニ県選挙区で出馬し当選。以来、下院選9回連続当選。
 1992―1994年、第1次チュワン民主党政権で副財務相を務めた際に、土地を所有しない農家に対する土地証書を富裕な家族に発行したことが発覚し、1995年に連立パートナーの離反、チュワン政権の崩壊を招いた。ステープ氏については汚職や私生活について様々なうわさがあり、民主党内にも不満があったとされる。
 1997―2000年、第2次チュワン内閣で運輸相、2005―2011年、民主党幹事長。
 2008年12月にタクシン元首相派ソムチャーイ政権がデモ隊による2空港と首相府の占拠で追い詰められた挙句、裁判所により選挙違反で与党が解党処分を受け、政権が崩壊した際に、解党された与党の中小派閥や連立パートナーの中小政党をバンコク都内の軍基地に集めて密談、民主党陣営に引き込み、アピシット民主党政権(2008―2011年)発足の立役者となった。
 アピシット政権では「政府のマネジャー」と自称。政権ナンバー2の副首相としてにらみを効かせた。2010年にバンコク都心を占拠したタクシン派デモ隊を軍が強制鎮圧した際には、治安担当副首相として陣頭指揮をとった。この鎮圧では約90人が死亡、約2000人が負傷した。
 2011年の下院選で民主党がタクシン派プアタイ党に敗れ、タクシン元首相の妹のインラク氏が首相に就任。ステープ氏は民主党幹事長を辞任した。 
《newsclip》

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