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中国:商船三井の貨物船1隻、上海海事法院が差し押さえ

2014年4月22日(火) 12時19分(タイ時間)
【中国】第2次世界大戦(~1945年8月15日)中に起きた損害の賠償訴訟に絡んで、商船三井 (9104/東証)の保有する貨物船1隻が差し押さえられた。2隻を貸し出した船主が数年前に勝訴していたため。

 上海海事法院(裁判所)が19日、浙江省の港湾に入っていた「バスティオール・エモーション」を差し押さえた。戦後の賠償を巡る係争で、日本企業の資産が差し押さえられた初事例となる。商船三井はいまのところ、関連するコメントを発表していない。

 原告の中威輪船公司は、「中国船舶王」と称された陳順通氏が独資で1930年に設立。船舶4隻で貨物運搬を手がけていた。その後、息子、孫の3代にわたって日本政府、企業に未払い賃料、賠償を要求してきた経緯がある。日本企業が損害賠償請求に直面するケースは、今後、中国側の法的支援によって相次ぐ可能性が出てきた。半世紀以上が経過したにもかかわらず、今回のケースのように保有資産が差し押さえられる事態も生じたためだ。

 中威輪船は1936年10月、4隻のうち「順豊号」と「新太平号」を日本の大同海運株式会社に貸出。当初は12カ月契約となっていたものの、翌年になって日中戦争の勃発で2隻は日本軍に徴用され、その後の戦乱で1938年と1944年にそれぞれ沈没した。「順豊号」は当時、中国最大の貨物船だったという。

 2代目の陳恰群氏は香港に移住したうえで、1961年、日本政府に賠償を要求。1974年に裁判所が「消滅時効」と判断し、1992年に陳恰群氏は死去した。それでも補償を勝ち取ることをあきらめず、大同海運の流れを受け継ぐ三井船舶を相手取って、3代目の陳震氏と陳春氏が上海海事法院に提訴。2007年になってこれに勝訴し、29億1600万円の賠償金を受け取る権利が2010年に確定した。ただ、商船三井側が支払いを拒否したため、今年4月になって「バスティオール・エモーション」を差し押さえたという。

 大同海運は1964年、海運集約の動きで日東商船と経営統合。社名を変更してジャパンラインとなった。その後、山下新日本汽船と1989年に合併し、ナビックスラインに改称。さらに大阪商船三井船舶と1999年に合併し、船隊規模世界一の商船三井が発足した。
《亜州IR株式会社》

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