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タイ飲料大手イチタンがインドネシア進出 三菱商事、現地企業と合弁

2014年8月27日(水) 16時13分(タイ時間)
バンコクで行われた「イチタン・インドネシア」の記者発表(8月27日)の画像
バンコクで行われた「イチタン・インドネシア」の記者発表(8月27日)
写真、ニュースクリップ
バンコクで行われた「イチタン・インドネシア」の記者発表(8月27日)の画像
バンコクで行われた「イチタン・インドネシア」の記者発表(8月27日)
写真、ニュースクリップ
イチタンのタンCEOの画像
イチタンのタンCEO
写真、ニュースクリップ
バンコクで行われた「イチタン・インドネシア」の記者発表(8月27日)の画像
バンコクで行われた「イチタン・インドネシア」の記者発表(8月27日)
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バンコクで行われた「イチタン・インドネシア」の記者発表(8月27日)の画像
バンコクで行われた「イチタン・インドネシア」の記者発表(8月27日)
写真、ニュースクリップ
【インドネシア】三菱商事とインドネシアのアルファグループの合弁会社アタリパシフィクはタイの茶系飲料大手イチタングループと折半出資でインドネシアに飲料会社を設立し、「イチタン」製品をインドネシアで2015年から販売、2016年に現地生産を開始する計画だ。

 新会社は「イチタン・インドネシア(仮名)」(資本金4000億ルピア=約35億円)。イチタンのマーケティング力と商品開発力、アタリパシフィクのインドネシアでの生産、物流面の知見と、インドネシア全土を網羅する大手小売りチェーンやコンビニエンスストア、伝統的な路面店舗向けの物流網を組み合わせ、「イチタン」ブランドをはじめ、インドネシアで支持される清涼飲料品の提供を目指す。

 インドネシアの清涼飲料市場は約4000億円規模(2013年)、年間成長率は13%と推定される。今後、中間層の所得向上にともない、2020年ごろには1兆円規模になると予想される。茶系飲料がミネラルウォーターなどの水飲料に次ぐ規模で、今後、健康志向の高まりから、更なる需要拡大が期待される。


〈イチタングループ〉
タイの茶系飲料・日本食レストランチェーン大手オイシを創業したタン・パーサコンティー最高経営責任者(CEO)がオイシを売却後、2010年に創業。巧みなマーケティングで茶系飲料市場シェアを2011年7・7%、2012年27・1%と急速に伸ばし、2013年には42・1%と、39%だったオイシを抜き1位に立った。2013年の売上高64・8億バーツ、最終利益8・8億バーツ。従業員約250人。


〈タン・パーサコンティー(陳水明)〉
 1959年生まれ。両親は第2次大戦後に中国からタイ東部チョンブリ県に移住し、男女6人の子供を設けた。しかし、小さな会社の事務職だった父の収入だけでは家計がやりくりできず、末っ子のタン氏と姉2人、母の4人はマレーシアに移住していた父の妹のもとに身を寄せた。
 ペナンで少年時代を過ごしたタン氏は中学卒業後、タイに帰り、バンコクで写真フィルム販売会社に就職した。初任給は700バーツ。最初は配送、次にセールスに移り、5年間務めた。しかし、「いくら仕事しても儲かりそうになかった」ため退職し、チョンブリに戻った。
 「二枚目じゃないし、金もない、勉強も嫌いでだめ。自分にできることといったら商売ぐらい」と考え、チョンブリ市内の長距離バスのバス停に近い場所で、新聞スタンドを始めた。支払いが3―6カ月に1回という条件だったため、バスまで新聞を売り歩いて稼ぎ、売り上げを別の商品の仕入れに回した。手がけたのは、飲料水、人形、音楽テープ、雑誌など。「当時人気があったスヌーピーの財布は仕入れ値が100バーツ。これを300バーツで売りまくった」。
 売れ筋をつかむ才能を発揮し、半年後、新聞・雑貨屋を開くことに成功。余勢を駆って外食、不動産に進出した。最初は小規模な不動産事業に出資し、徐々に規模を拡大、出資比率も上げた。が、うまくいったのもそこまでで、1984年の不動産不況の直撃を受け、1億バーツもの負債を抱え、身動きが取れなくなる。月100万バーツ近い金利を何とかするために、土地、時計、宝飾品など資産のほとんどを売り払い、後には日銭が稼げるレストランと、借金3000万バーツが残った。
 再起を期し手がけたのは、台湾を訪れた際に繁盛振りが目に止まったという結婚式用の写真スタジオだ。1993年にバンコク都内トンロー通りに1号店を出し、これが大当たりとなった。様々な衣装で撮影する結婚式のアルバムは、派手好き、見た目重視のタイ人の心をつかみ、店舗数は20店を超え、不動産の借金を完済した。
 「別業種もやっておけば安心」と考えたタン氏は次の事業に取り組んだ。「将来性のある事業しかしない、二番煎じはしない。日本食は健康にいいし、タイにも根付いてきた。音楽、ファッションなど日本ブームもあった」。思案の果てに出た答えが、「日本食のブッフェ・レストラン・チェーン」だ。
 「日本食は料理の名前がわからず注文しにくい」「好きなものを好きなだけ食べたい」というタイ人の需要に応えたオイシは1999年9月の1号店出店から圧倒的な支持を集め、日本食の代名詞となった。「ブッフェ形式で量が多いから、薄利多売で、利益は1人100―150バーツ程度。日本料理は高くて量が少ないというイメージを破ったのが成功の秘訣」と自ら分析する。 
 日本食で大成功を収めたタン氏の次の一手は、またも意表を突いた。当時タイに市場が存在しなかった「緑茶飲料」を自社で開発・生産するという、これまでを上回るような賭けに出たのだ。2004年に本格始動したこの緑茶飲料はしかし、タイ人のし好を読みつくした巧妙なマーケティングと、折からの健康ブームに乗り、日本食レストランを上回る大ヒットとなった。
 タン氏は2006年、所有するオイシ株をアルコール飲料最大手タイビバレッジに売却。新会社イチタンで新たな起業を図っている。
《newsclip》

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