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「足紋自動押なつ・自動照合装置」をタイ警察へ

2015年12月7日(月) 19時03分(タイ時間)
金子 秀雄 氏 元警視庁刑事部鑑識課・副参与の画像
金子 秀雄 氏 元警視庁刑事部鑑識課・副参与
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光眞 章 氏 元警視庁鑑識課長
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戸島 国雄 氏 元警視庁鑑識捜査官・似顔絵捜査官・タイ警察現役警察大佐
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「足紋自動押なつ・自動照合装置」をタイ警察へ
~バンコク・足紋セミナー~ 
警察OBが提言、日本メーカーが開発 

 「押なつに抵抗がある指紋に代わって足紋を」という警察OBの提言を受け、日本のメーカーが「足紋自動押なつ・自動照合装置」を開発、日本より利用価値が高いであろうタイで警察が導入検討に至り、11月25日、タイ王国国家警察科学捜査部において、関係者約40人による「バンコク・足紋セミナー」が開催された。指紋の押なつ・管理の技術はどの国も発展しているが、足紋に関する技術は皆無といってよく、タイ警察が採用すれば世界初となる。足紋の押なつと管理を提言する警察OBは、「日本が開発した技術をタイが活用し、日本がタイの活用実績を逆輸入するに至れば喜ばしいことだ」と話している。

日本人はとかく抵抗を感じる指紋押なつ

 指紋採取は警察の捜査手法として発展してきた経緯があることから、特に日本では国民の指紋押なつに対する抵抗感が大きい。プライバシーや個人情報の観点から押なつが問題視されるほか、警察で管理されて犯罪捜査に利用されるのではないか、といった心配がつきまとう。警察としては「これから犯罪を起こす気がなければ心配無用」であり、犯罪捜査のみならず災害時の被災者の身元確認でも有効としている。
 指紋がデータベース化されていれば、(損傷や腐敗がひどくない限り)遺体から採取した指紋と照合できる。実際、2004年に発生したスマトラ島沖地震によるインド洋大津波で、タイは5300人以上の死者を出したが、指紋採取とその照合によって4000人以上の身元が判明した。一方、東日本大震災では犠牲者の遺体の取り違えが報じられるなど、身元確認で有効な手段を持ち合わせていないことが浮き彫りとなった。
 実は犯罪捜査の場面でも、指紋採取は常に有効な手段ではないという。現在の犯罪捜査における科学的鑑定方法とそのマイナス点は以下のとおり。


1) 指紋:日本での管理データは犯罪歴のある者に限る。(本人の日記や手帳などから検出された指紋といった)在宅資料が必須。
2) 歯牙(歯型):歯科医から患者カルテを提出してもらうが、時間が経って歯が抜けている、変化している、生え変わっていると照合が困難になる。
3) DNA:クシや歯ブラシなどの在宅資料(在宅DNA)が必須。父母兄弟のDNAとも照合できるが、身寄りのない人物だと照合先がない。

■指紋照合で判明した被災者の身元

 インド洋大津波の被災地で遺体からの指紋採取を指揮したのは、当時JICAのシニアボランティアとしてタイ警察に派遣されていた元警視庁鑑識捜査官・元似顔絵捜査官・タイ警察現役警察大佐の戸島国雄氏だ。タイは15歳になると身分証明書を作成し、指紋が採取される。子供以外の全国民の指紋がデータベース化されているのだ。指紋データベースを有効に活用、より多くの被災者の身元を証して自宅に帰そうと、戸島氏が「死体損壊」による処罰を覚悟しつつ、タイ警察の部下10人を率いて遺体の指を切断しての指紋採取に踏み切った。
 当然のことながら、信心深い仏教徒である部下たちから猛烈な批判を受けたが、ボクサーのこぶしのように固く閉じた手のひらを開いての指紋採取は1日当たりせいぜい7―8人。一方の指を切断しての指紋採取は同100人以上という相当な効率。緊急援助で駆け付けていた海外の警察隊も同様の方法で指紋を採取しはじめ、間もなく部下たちの理解を得られたという。4000人以上の身元判明のほとんどは、戸島氏の指揮によるものだった。
 日本で被災者の身元照合というと、遺族による身体特徴や衣服の判断も重要だ。しかし東日本大震災のように遺体の損傷が激しい場合、着ていた服さえ脱げてしまい、当初は科学的鑑定もままならず遺体の取り違えという失態もあった。東日本大震災では未だ、100体近い遺体が身元不明で残されている。
 また、検視制度の違いによって科学的根拠がない遺体は遺族に引き渡せない国もある。ニュージーランドが良い例だ。以前、現地在留の日本人留学生が地震で亡くなったが、遺族たちはいち早く現地に駆け付けたにもかかわらず、科学的鑑定が終了していないことを理由に、当初は面会さえ拒まれたという。


■指紋に抵抗感があるなら同じ皮膚紋理を持つ足紋で


 日本では国民からの抵抗感が強いためにほとんど管理されてこなかったが、近年、出入国管理や施設管理の分野で指紋の活用が進展してきた。海外では「自分であることを証明する」手段として普遍的に指紋が活用され、データベース化されている。指紋に対して抵抗があるなら、代わりに同じ皮膚紋理(ひふもんり)を持つ足紋の採取・管理を、と提言したのが金子秀雄氏や光眞章氏ら警察OBだ。
 足紋は指紋と同様に万人不同・終生不変であり、科学的方法として個体(個人)識別が可能だ。足の裏は何より、抵抗感がない。「石川啄木の詩のように手は『じっと見つめる』ことはあっても足はそうならない」(光眞氏)。警察内部からも「足紋などあるのか」という言葉が出てきたとのことで、足の裏というのはとかく注目度が低い。
 指紋のように他に流用される心配も低い。人間は日常生活の中で周辺に指紋を残すことは多々あるが、靴や靴下をはく足はほとんど痕跡を残さない。その一方で、靴や靴下で守られているので被災時でも防護されて採取しやすいのだ。
 足紋の採取および管理は、犯罪捜査での利用のみを想定しているわけではない。タイで指紋が身分証明として活用されているように、有事の際に身元が迅速に判明されるためのデータベース化が何よりの理由だ。よって、管理は警察ではなく政府機関でも良いし、委託された民間団体でも良い。もちろん国民が自身で保管するのも一案だ。
 災害はもちろん、被災予防が最優先される。しかし災害でもテロでも予防しきれないのが現実だ。阪神淡路大震災は明け方の発生で、被災者はほとんど自宅にいた。東日本大震災では津波に流された被災者がほとんどだったが、それでも地元の人たちだった。
 例えば、現在しきりに取り沙汰されている首都直下型地震はどう想定すべきか。被災者は地元の人たちよりむしろ、他の地域からの移動者が多いだろう。どのように身元を調べていくのか。また海外では、テロや紛争に巻き込まれる心配もある。遺体が原形を留めないこともしばしばだ。そのようなときに、指紋より保護されている足紋は非常に有効だ。
 さらに、足紋は死んだ後にだけ利用されるのではない。生体認証の有効資料としてデータベース化されていれば、日々の生活でも利用されていくだろう。例えば出産時の乳児の取り違え、認知症の家族の捜索、記憶喪失の人物の身元照合など、さまざまな場面が想定される。


■タイ警察が導入を検討中


 光眞氏らの提言を受け、「足紋自動押なつ・自動照合装置」を開発したのが日本のメーカーだ。開発途中という理由から匿名となる。装置は可搬型のスキャナーで、現場で足紋採取と照合が可能だ。足を直接もしくは遺留足紋を転写したゼラチン紙や写真をスキャンする。採取した情報をデータベースと照合、その場で比較確認が行える。技術自体は指紋採取のそれと同じだが、足の紋理に合わせた採取・照合の技術が取り入れられている。ただ、日本のみならず世界的にも足紋採取は一般的ではない。日本の警察でも犯罪現場で血痕を踏んだ足紋などが採取・鑑定されるだけだ。
 それならば足紋がより重要となる国での導入を、と模索していたところ、戸島氏が警察大佐を務めるタイが候補に挙がった。タイは前述のとおり指紋がデータベース化されており、指紋活用は日本より進んでいる。常夏という気候なため日常生活では裸足の場面が多々見られ、その分だけ犯罪現場にも遺留足紋が残されるという。光眞氏や戸島氏の呼びかけでタイ警察の科学捜査部が導入検討を表明し、今回の「バンコク・足紋セミナー」が実現した。セミナーでは科学捜査部の幹部からさまざまな質問が出され、より積極的に導入を検討していることが伺えた。
 光眞氏はセミナーを終えた後、「日本の足紋採取・照合技術がタイ警察の科学捜査の発展に活用され、その活用実績が日本に逆輸入され、日本、タイ、そして世界中で、犯罪捜査の領域にとどまらず災害など幅広い場で活用されれば喜ばしいことだ」と述べた。装置も将来的に、体重計のように気軽に乗れる形に発展していけば、より利用されやすいだろうとしている。

〈金子 秀雄〉
  1962年に警視庁主事、40年間指紋一筋。警視庁刑事部鑑識課勤務となり、数多くの重大事件を解決に導き、警視総監賞誉21本、 警視総監賞詞1本など受賞。2003年に警視庁技能指導官、2004年11月に警察庁指定技能指導官の指定を受け、副参与として後進の育成。

〈光眞章(みつざねあきら)〉
 1966年に警視庁警察官を拝命。警視庁亀有警察署長、刑事部鑑識課長を経て、刑事部捜査第一課長。殺人や誘拐などの凶悪事件、航空機や列車事故,医療事故など業務上過失事件などの捜査に従事。2007年に退官。現在、警視庁シニアアドバイザー、石川県珠洲市観光大使。

〈戸島 国雄〉
 1963年に警視庁入庁。看守(牢番勤務)を経て、本庁刑事部鑑識課へ。現場鑑識写真係として計36年間、テロ爆弾、殺人、強盗、強姦、火災、飛行機、列車事故など数々の大事件事故現場を踏む。
 1993年日本で初めて事件現場立ち入り規制線(黄色いテープ)を開発し日本はおろかタイ国も使用している。
 1972年ごろより似顔絵描きを独学し、鑑識似顔絵として捜査に活用し初の「似顔絵捜査官001号」として任命、それまで主流だったモンタージュ写真から似顔絵へと、鑑識技術の流れを変える。1995年にはオウム真理教の捜査を担当している。受賞した警視総監賞、警察庁長官賞、各本部長賞や部長賞など計107本。
 1995年11月、国際協力機構(JICA)の技術協力指導員として鑑識技術を伝えるため、タイ警察局科学捜査部に派遣される。技術協力指導員としては極めて異例ながらも、事件の現場に赴いて自ら鑑識活動を実践、検挙率のアップを促す。
 1998年に帰国して警視庁を定年退職するも、タイ警察の要請を受けて2002年に再び来タイ、JICAシニアボランティアとして活躍。以降も警察大佐(日本の警視正に相当)の身分で、日本人絡みを含め、多くの事故・事件の捜査に加わる。
《newsclip》

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