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深南部ルポ-2 タイにあってタイにあらず 色鮮やかなムスリムの地-2

2016年8月26日(金) 12時58分(タイ時間)
パタニー市内クルセモスクでのラマダン明けの祈りの画像
パタニー市内クルセモスクでのラマダン明けの祈り
女性も積極的に祈りに訪れるの画像
女性も積極的に祈りに訪れる
結婚式などをのぞき、1年に1回の晴れ着の画像
結婚式などをのぞき、1年に1回の晴れ着
■バンコクに多数居住するマレー系住民の子孫

 統一された数字がなかなか見つからないが、タイ国家統計局の統計や地元県庁の説明などを整理すると、タイ深南部のムスリム人口は全体の7―8割を占める。そのほとんどは隣国マレーシアと同じマレー民族=マレー系住民で、深南部に限らずラノン県以南に数多く散らばっている。

 マレー系住民はたいてい「マラユー語」を話す。深南部の全人口の4分の3がマラユー語話者だという。マラユーはマレー人、マレー語という意味の「melayu(ムラユー)」が訛ったもので、マレーシア北部とタイ深南部の住民が話す。「ヤーウィー語」とも呼ばれるがこれはジャワ語という意味で、世界的にはジャウィ語と呼ばれるようだ。地元で子どもたちにコーランを教える男性によると、アルファベットで表記する場合はマラユー語、ジャウィ文字で表記する場合はヤーウィー語と呼ぶ傾向がある。

 何年か前にラノンを訪れた際、屋台を営むムスリムから、「市内では見かけないが、島に行くとマレー語を話す者が多くいる」という話を聞いた。深南部で独立を名目としてテロを繰り返す複数のテロ組織の中で、「パタニー連合解放組織(PULO)」と呼ばれる老舗的な組織がある。彼らは独立地域を「ラノン以南」と主張しているが、マレー系住民の分布だけを見れば、その主張も決して的外れではない。

 深南部を訪れなくとも、バンコク都内でもマレー系住民に会うことができる。バンコク都心部とタイ東部をつなぐセーンセープ運河沿い一帯だ。インラク前首相の自宅があるブンクム区、日系メーカーが多く入居する工業団地があるカンナヤーオ区やその先のミンブリー区、スワンナプーム空港に伸びるモーターウェーの起点となるスアンルアン区や隣接するプラウェート区などは、日本人にも分かりやすい地区だ。

 セーンセープ運河はラマ3世が戦役で掘らせたもので、その労役となったのはパタニーから戦争捕りょとしてバンコクに連行されたマレー系住民の祖先だったという。バンコクに暮らす彼らの子孫は今でも、深南部と同様のマラユー語を話す。言葉が受け継がれているというよりはむしろ、未だ深南部とつながりがあってひんぱんに行き来し、マラユー語を日常的に使っていると思われる。

■イスラム国家として成立したパタニー

 パタニーはタイ民族が領土拡張で南下する以前から王国として栄えていた。成立は13世紀中期とも16世紀前期ともいわれる。13世紀中期成立の説は、「現在の(クランタン州やトレンガヌ州などの)マレーシア北部からタイ南部国境県にかけての地域には、6―7世紀に最も栄えたといわれるヒンズー教の『ランカスカ王国』があった。この王国が13世紀中期にイスラムに改宗、同末期に現在のパタニー県が広がる地に遷都して『パタニー王国』が誕生した」というもの。深南部にはアラブ商人がイスラムを伝えたという逸話が残っている。

 「そのアラブ商人はパタニーで病気に苦しむ者に向かって、『イスラムに改宗すればたちまち治る』と諭した。その者が半信半疑ながらもイスラムに改宗すると、病気が本当に治った。もう大丈夫だろうとイスラムの教えを捨てたところ、途端に病気を再発した。アラブ商人に再びイスラムへの改宗を諭され、イスラムに改宗し直して病気を治す。そしてまたもやイスラムの教えを捨てて病気となり……、と何度も繰り返す中でその者は心からイスラムを信じるようになった。やがてパタニーにイスラムが広まっていった」。

 16世紀前期成立の説は、「東南アジアにイスラムが伝わったのは早くても14世紀以降。パタニーはランカスカ王国の一部地域であって、イスラム化したのは周辺諸国より遅い16世紀初頭、王国としての成立もその頃」というもの。地図を眺めると、パタニー王国がマレー半島最初のイスラム国家という説は納得しにくい。西からイスラムが伝わってきたのであれば、パタニーが位置する東海岸ではなく、まずは西海岸になりそうだ。

 在パタニーのソンクラー・ナカリン大学のクローンチャイ・ハッター教授によってまとめられた「パタニー史」というタイ語の史書がある。同書には、パタニー王国の初代スリワンサ王の統治年数は不詳、第2代インティラー王は1500―1530年の統治と記している。この研究が正しいとすれば、パタニー王国は15世紀後半の独立となり、16世紀初頭の説と一致する部分が多々出てくる。この辺りの説が当たらずとも遠からずの印象を受ける。

 いずれにせよ地元マレー系住民にとっては人口的にも歴史的にもタイ人は「よそ者」であり、タイ人にとってマレー系住民は「先住民」だ。
《newsclip》

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