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深南部ルポ-2 タイにあってタイにあらず 色鮮やかなムスリムの地-3

2016年8月26日(金) 12時58分(タイ時間)
久々に家族が集まるのもラマダン明けの画像
久々に家族が集まるのもラマダン明け
食事に多用するココナツジュースを採取する住民たちの画像
食事に多用するココナツジュースを採取する住民たち
宗教的に写真を忌みする習慣はないの画像
宗教的に写真を忌みする習慣はない
■テロとは無縁の住民意識

 マレー系住民とタイ人の「よそ者」「先住民」であっても、そこに対立が生じているわけではない。例えば普通のタイ人が「バンコク都民は中国人がほとんど」「イサーン(東北地方)はラオス人だ」と民族名を口にするのと同じレベルの区別だ。

 今回の取材先のムスリム家庭では、大学生の長女がマラユー語ではなくタイ語の教師を目指していた。「小学校でタイ語授業の研修があるからハリラヨの休みは1日だけ」といって休みの短さを嘆いていた。そこに民族を優先した人生設計はない。

 異教徒によるハリラヨの取材も歓迎されこそあれ、拒否などあり得ない。今回の取材に同行した中東諸国での取材経験がある日本からのカメラマンは、「こんなに間近で祈る姿を撮っても何も言われないなんて、中東ではあり得ない。そもそも女性の姿を見かけない」と驚いていた。

 イスラムは排他的、というのは人々の先入観でしかない。

「宗教というのは、心の拠りどころだ。悲しみを感じるとき、問題を抱えているときに頼れる何かが、人間には必要なだけだ。それは決してイスラムでなくてもいい」と論じるムスリムは珍しい存在ではない。深南部では特に、タイらしいおおらかさが相まった独特のイスラムを肌で感じることができる。

 テロはあくまでもテロ組織が犯す事件であり、イスラム問題ではない。タイ深南部で発生するテロの被害者は半数がムスリムといわれる。ムスリム=マレー系住民が被害に遭えば仏教徒タイ人も悲しみ、仏教徒タイ人が被害に遭えばマレー系住民も悲しむ。テロ現場ではお互いを見舞う姿が普通に見られる。以前、「同じムスリムとしてテロ組織の犯罪に何を感じるか」と現地で取材していた日本の大手新聞の記者がいたが、質問されたムスリム男性は返答に窮していた。テロ組織の主張は住民の意識とは無縁の存在だ。行政や治安部隊に対する不満や猜疑心は確かにあるが、それはタイ人も同じだ。

 テロの根源はタイにありがちな利権闘争であり、イスラムは隠れみのでしかなく、独立は大義名分でしかない。テロに最も翻弄されているのは地元のムスリムともいえる。深南部は異教徒にも優しい人々が住む興味深い土地だ。
《newsclip》

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