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穴場の観光地 ジャワ島の古都ジョグジャカルタ 

2017年1月31日(火) 22時35分(タイ時間)
プランバナン寺院の画像
プランバナン寺院
プランバナン寺院の画像
プランバナン寺院
セウ寺院の画像
セウ寺院
ラトゥ・ボコの画像
ラトゥ・ボコ
ムンドゥット寺院の画像
ムンドゥット寺院
ムンドゥット寺院前の菩提樹の画像
ムンドゥット寺院前の菩提樹
ボロブドゥールのミッキーの画像
ボロブドゥールのミッキー
ピカチュウの画像
ピカチュウ
ボロブドゥールの画像
ボロブドゥール
ボロブドゥールの画像
ボロブドゥール
ジョクジャカルタ市内の画像
ジョクジャカルタ市内
ジョクジャカルタ市内の画像
ジョクジャカルタ市内
ジョクジャカルタ市内の画像
ジョクジャカルタ市内
ジョクジャカルタ市内の画像
ジョクジャカルタ市内
ジョクジャカルタの王宮の画像
ジョクジャカルタの王宮
ジョクジャカルタの王宮の画像
ジョクジャカルタの王宮
【インドネシア】年末年始の休みで、世界遺産の仏教遺跡ボロブドゥール、ヒンドゥー教の寺院遺跡プランバナンなどで知られるインドネシアの古都ジョグジャカルタを訪れた。

 バリ島に比べると、観光地としてはあまり馴染みがないかもしれないが、そこが狙い目。空いているのではないかという読みだ。

 バンコクからジャカルタ経由でジョグジャカルタの空港に到着し、タクシーでホテルに向かう。ジョグジャカルタに来るのは実に30年ぶり。人力車と馬車が走るのどかな田舎町という、うっすらとした記憶があったが、実際のジョグジャカルタは人口約40万人の堂々たる都市だった。予想外の渋滞を目にし、30年という時の流れを思い知らされる。

 宿泊先のホテルはプールと中庭を囲み部屋が並ぶ瀟洒な宿だった。スタッフは笑顔を絶やさず、常に一歩先を読みあれこれ手配してくれて、びっくりするほど優秀。ただし、道路側の部屋は車やバイクの騒音が、反対側の部屋は近くのモスクから大音量のアザーン(イスラム教の礼拝の呼び掛け)が響く。というわけで、チェックインする際に、もれなく耳栓を渡される。

 翌日、ホテルで車を手配してもらい、プランバナンに向かった。渋滞に巻き込まれながらも、1時間ほどで到着した。

 驚いたのは、インドネシア人旅行者の数。小雨がぱらつく天気にも関わらず、乗用車、バスが次から次へと押し寄せ、寺院群がある公園に吸い込まれていく。30年前、1人で歩き回り、その劇的な美しさに感動したプランバナン寺院は、あらゆる場所でセルフィー(自撮り)に勤しむインドネシア人に占拠され、かつての感興が蘇る余地はない。ちなみに、自撮り棒の流行が始まったのはインドネシアという話だ。

 プランバナン寺院を離れ、公園内の別の遺跡へ。プランバナン周辺には射的場あり、乗馬場ありと、忙しないが、少し離れると、人影は疎らになった。公園の一番奥の仏教寺院遺跡のセウ寺院まで来ると、ほぼ誰もいない。この巨大な遺跡は2006年の大地震で多くの建物が倒壊したままだ。境内は小雨の中、静まりかえっていた。

 プランバナンを離れ、数キロ離れた山上の遺跡群ラトゥ・ボコに向かう。ここに来るのは今回が初めて。曲がりくねった狭い山道を上った先に、宮殿の跡とされる広大な遺跡が広がっていた。様々な建物の石造りの床、壁が残っている。木造だったという建物は跡形もないが、山上にこれほどの構造物を建てた権力、経済力に驚く。プランバナンを見渡せる場所がないかと歩き回るが、木々に邪魔され見通せない。仕方なく、運転手と待ち合わせたレストランに行ったところ、そこが平野を見晴るかす最高の場所だった。プランバナンが建つ平野にアザーンが響く。

 翌日はボロブドゥールへ。渋滞を避けるため、午前5時に出発した。1時間ほどでボロブドゥール近くのムンドゥット寺院遺跡に着いた。高さ26メートルの石造りの建物で、内部の空洞に、椅子に座った姿の仏像がある。寺院の隣には巨大な菩提樹があり、遺跡と高さを競っていた。

 見学を終え、ボロブドゥールに向かう。まだ早朝だというのに、広い駐車場はすでに多くのバス、乗用車で埋め尽くされていた。プランバナンをはるかに凌ぐ人の波が次から次へとゲートに吸い込まれる。ほとんどはインドネシア人だ。

 ゲートを抜けると、ミッキーマウスやピカチュー、ハローキティーの着包みが待ち構えていた。ほぼ間違いなく著作権違反であろう、雑な作りの着包みだが、インドネシアの子どもたちはそれなりに喜んでいるようだった。

 ボロブドゥールを下の階層から順に上っていく。回廊にはシッダールタ王子が仏陀になるまでの物語と仏陀の過去世の物語の浮き彫りが彫られている。そして一番上の階層に行くと、そこには仏像を収めた数多くの仏塔があるだけで、もはや物語はない。これは仏教の思想を表しているのだという。

 プランバナンもボロブドゥールも、非常に多くのインドネシア人で賑わっていた。しかし、立ち話をしたインドネシア人の男性によると、インドネシア人の大多数はイスラム教徒で、こうした遺跡に関する詳しい知識は持っていない。一種のテーマパークのような感覚で訪れているのだという。

 最終日、ジョグジャカルタ市内にあるスルタンの王宮を訪れた。王宮という言葉で想像するような、華麗、巨大な建物はない。しかし、ここがこの街の心臓部なのだろう。落ち着いた、自然な時間が流れているようだった。

 ジョグジャカルタは過去と現在が混在した奇妙な町だ。自動車と馬車と人力車が渋滞の路上を一緒に走っている。ジャカルタから自家用車で来たインドネシア人観光客がフランス人経営のフランス料理店で舌鼓を打つ。伝統衣装に身を包み、特別な柄のナイフを身につけたスルタンの家臣が王宮を警護する。この町に何十年も住んでいるというヨーロッパ人と話をしたが、一度はまると抗いがたい魅力をもつ町のようだ。
《newsclip》

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