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タイ前国王の葬儀終わる 新時代へ

2017年10月29日(日) 23時38分(タイ時間)
民主記念塔周辺に火葬前夜から寝泊まりの国民の画像
民主記念塔周辺に火葬前夜から寝泊まりの国民
【タイ】25日に始まったプミポン前タイ国王の葬儀は29日、納骨式が行われ、同日夜に終了した。30日は喪明けとなる。

 前国王の遺骨、遺灰はバンコクの王宮に納められた。

 在位70年に及んだ前国王の治世は幕を閉じ、タイは名実ともに新時代を迎える。

 王宮に安置されていた前国王の遺体は26日、王宮前広場に建設された巨大な火葬場に葬送され、同日夜、荼毘(だび)に付された。火葬場は須弥山をイメージした黄金色の建物で、基部が60メートル四方、高さが50・5メートルに及ぶ。

 王宮前広場には火葬前夜から10万人を超える国民が詰めかけ、夜明け前には周辺を埋め尽くした。

 葬列は国民が見守る中、前国王陛下の棺が安置された黄金の車をひきながら1時間以上かけてゆっくりと進んだ。ワチラロンコン国王やシリントン王女らの姿が見えると、国民が両手を合わせながら地面にひれ伏した。

 火葬式には外賓として、秋篠宮ご夫妻、英国、オランダ、スウェーデン、ブータンなどの王族、マティス米国防長官らが参列した。

 火葬当日は公休日となり、多くの国民が黒い服を着用して弔慰を示した。王宮の東約4キロにあるタイ国鉄バンコク駅の献花台には1日で6万5000人が献花に訪れた。地方の主要都市でも献花台が設けられ、多くの国民が花を捧げた。小売店、外食店、映画館などの多くは終日もしくは午後から休業した。

 27日にお骨拾いの儀、28日に慰霊の儀が行われた。


〈プミポン・アドゥンヤデート前タイ国王〉
 1927年、米国マサチューセッツ州ケンブリッジ生まれ。祖父はタイの現王朝の中興の祖である5代目チュラロンコン大王、父はチュラロンコン大王の数多い息子の1人だったマヒドン皇太子。

 タイの絶対王政を廃した1932年の立憲革命とその後の第2次世界大戦の影響で、1934年から1952年まで主にスイスに滞在し、同国のローザンヌ大学で政治学、法学などを学んだ。スイスで共に暮らした兄が8代目の王に即位した直後に死去したため、1946年に9代目の王に即位。1950年にタイで戴冠式を行った。

 タイへの本帰国後、全国で多数の農業プロジェクトを手がけ、遠隔地の視察、低農薬農業や代替燃料の開発などに取り組んだ。「微笑みの国」と呼ばれるタイの国王でありながら、公の場ではほとんど笑顔を見せず、峻厳なイメージがあった。一方、社会的弱者の救済に熱心とされ、国民からは「ポー(お父さん)」と呼ばれ、国父として深く敬愛された。

 1950年に結婚した王族のシリキット王妃との間に、ワチラロンコン国王陛下、ウボンラット王女、シリントン王女、ジュラポン王女の1男3女。

 2016年10月13日、入院先のバンコクのシリラート病院で死去した。88歳だった。
《newsclip》

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