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2006年のタイ・クーデター指揮官、中規模政党に入党

2018年10月29日(月) 17時37分(タイ時間)
カンジャナ・シラパアーチャー氏の画像
カンジャナ・シラパアーチャー氏
写真提供、チャートタイパタナー党
チャートタイパタナー党の党大会の画像
チャートタイパタナー党の党大会
写真提供、チャートタイパタナー党
チャートタイパタナー党の党大会の画像
チャートタイパタナー党の党大会
写真提供、チャートタイパタナー党
【タイ】スパンブリ県などタイ中部を地盤とする中規模政党、チャートタイパタナー党の党大会が26日、バンコクで開催され、故バンハーン・シラパアーチャー元首相の長女のカンジャナ・シラパアーチャー元副教育相(58)が党首に選出された。

 チャートタイパタナー党はシラパアーチャー家が事実上のオーナー。スパンブリはバンハーン元首相の「城下町」として、道路などのインフラ整備が進んでいることで知られる。

 党大会には2006年の軍事クーデターを指揮したソンティ・ブンヤラカリン元陸軍司令官(72)が姿を見せ、自身が率いるイスラム系の小規模政党、マトゥプーム党の主要メンバー15人とともにチャートタイパタナー党に入党した。

 ソンティ元司令官は2005年にタイ軍の実力トップである陸軍司令官にイスラム教徒として初めて就任した。2006年のクーデターでタクシン政権を倒した後、表舞台から徐々に姿を消した。2011年の議会下院総選挙にマトゥプーム党から出馬し当選。タクシン派が多数を占める下院で、タクシン派と反タクシン派の和解を模索する国家和解検討委員会の委員長に就任し、世間を驚かせた。

 2012年、クーデターの真相を問いただされた際に、「死んでも答えられない質問がある」「誰もが真相を知っている」「過去にこだわれば亀裂が深まるだけだ」などと述べた。


《バンハーン・シラパアーチャー》
 1932年、スパンブリ生まれ。中国移民の2代目で、中国語名は馬徳祥。建設、運送などで財を成した後、政界入りした。1995年の議会下院総選挙で自身が率いるチャートタイ党が第1党となり、連立政権を発足させ、第21代首相に就任。翌1996年、様々な汚職疑惑で政権が崩壊し、首相を辞任した。
 チャートタイ党はバンハーン氏の指導下で、チュワン民主党政権(1997―2001年)、第1次タクシン政権(2001―2005年)に連立パートナーとして参加。2005年の第2次タクシン政権では野党に転落した。軍事政権(2006―2007年)後に発足したタクシン派サマック政権にも連立パートナーとして加わったが、2008年、憲法裁判所により、選挙違反でタクシン派政党とともに解党され、政権が崩壊、バンハーン氏は参政権の5年間停止処分を受けた。
 バンハーン氏はその後、新党チャートタイパタナーを発足させ、アピシット民主党政権(2008―2011年)と続くタクシン派インラク政権(20011―2014年)に連立パートナーとして参加した。2016年に83歳で死去。
 バンハーン氏の1990年代のニックネームは抜群の資金力と金権体質をやゆする「歩くATM」。タクシン派、反タクシン派のどちらの政権にも連立パートナーとして加わる巧みな政界遊泳術から、「ウナギ」とも呼ばれた。
《newsclip》

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