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暗躍するタクシン政権元閣僚 タイ軍政派、中間派にも

2019年3月28日(木) 00時32分(タイ時間)
左から、プラユット首相、ソムキッド副首相、ネーウィン氏、アヌティン氏(2018年5月)の画像
左から、プラユット首相、ソムキッド副首相、ネーウィン氏、アヌティン氏(2018年5月)
写真提供、タイ首相府
ソムキッド副首相の画像
ソムキッド副首相
写真提供、タイ首相府
ソムキッド副首相の画像
ソムキッド副首相
写真提供、タイ首相府
【タイ】復権を図るタクシン元首相派とタクシン派抹殺を目指す軍政派が激しく衝突した24日の議会下院選挙。しかし内幕をみると、軍政派も選挙の指揮をとったのはタクシン政権(2001―2006年)の元閣僚だった。

 プラユット首相(元陸軍司令官)の続投を目指し昨年始動した軍政派の新党パランプラチャーラット党。生真面目そうなウタマ党首(プラユット政権の前工業相、元バンコク大学学長)ら党幹部の多くはプラユット政権の経済政策を統括するソムキッド・ジャトゥシーピタック副首相の側近だ。ソムキッド副首相はタクシン政権で副首相、財務相などを歴任し、一時はタクシン首相の後継者に擬せられた。

 学界、財界などの出身で政治経験が乏しい党幹部を支え、パランプラチャーラット党の選挙戦を実質的に指揮したのは、北部スコータイ県に強力な地盤を持ち、タクシン政権で副首相、労相などを務めたソムサック・テープスティン氏、大手自動車部品メーカー、タイ・サミット・グループのオーナーであるジュンルンルアンキット家の出身で、タクシン政権で副首相、工業相などを務めたスリヤ・ジュンルンルアンキット氏だ。2人はタクシン政権で同僚だったソムキッド氏の求めに応じ、自派閥の政治家や他党から引き抜いた元議員ら数十人を引き連れパランプラチャーラット党に入党し、党の基盤を固めた。ちなみに今回の下院選で旋風を巻き起こし第3党となった反軍政派の新党、新未来党のタナートン・ジュンルンルアンキット党首はスリヤ氏のおいにあたる。

 下院選で善戦し、タクシン派・民主派と反タクシン派・軍政派の間でキャスティングボートを握ったとされる中規模政党プームジャイタイ党は、2008年にタクシン派政党パランプラチャーチョン党が憲法裁判所により解党された際に同党から離脱した政治派閥が前身。大手ゼネコン(総合建設会社)、シノタイ・エンジニアリング・アンド・コンストラクションの元社長で大株主のアヌティン・チャーンウィラクーン同党党首はタクシン政権で副保健相を務めた。タクシン派プアタイ党の首相候補であるスダーラット・ケユラパン保健相は当時の上司だ。

 プームジャイタイ党の影の指導者と目され、東北部ブリラム県に強力な地盤を持つネーウィン・チッチョープ氏はタクシン政権で首相府相を務めた。タクシン首相に実行力を評価され、懐刀的な存在だった。2008年にパランプラチャーチョン党が解党された際に反タクシン派の民主党側に寝返り、アピシット民主党連立政権発足の立役者となった。

〈ソムキッド・ジャトゥシーピタック〉
1953年、バンコクの中華街ヤワラート生まれ。米ノースウエスタン大学経営大学院で経営学博士号(マーケティング)取得。タイ開発研究所(TDRI)教授、消費財大手サハパタナピブン・グループ取締役などを経て、タクシン政権で副首相、財務相、商務相を歴任。タクシン政権を倒した2006年の軍事クーデター当日はタイのシントン王女に同行しパリにいた。2015年からプラユット軍事政権の副首相。中国語が堪能で、話すタイ語には中国語なまりがある。
《newsclip》

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