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「タイの田中角栄」 地元に巨大銅像

2019年4月24日(水) 03時25分(タイ時間)
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写真提供、Chartthaipattana Party
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【タイ】故バンハーン・シラパアーチャー元首相の銅像が地元のタイ中部スパンブリ市中心部に建立され、23日、除幕式が行われた。

 銅像は高さ3メートルを超える大きなもので、合わせて記念公園も整備された。建設費は約3000万バーツ。 

 除幕式にはバンハーン元首相の長女でスパンブリなど中部を地盤とする地域政党チャートタイパタナー党党首のカンジャナ・シラパアーチャー元副教育相ら家族、チャートタイパタナー党幹部、バンハーン元首相と親交があった有力政治家らが出席した。

 バンハーン元首相は1932年、スパンブリ生まれ。中国移民の2代目で、中国語名は馬徳祥。貧しい家庭から建設、運送などで財を成した後、政界入りした。1995年の議会下院総選挙で自身が率いるチャートタイ党が第1党となり、連立政権を発足させ、第21代首相に就任。翌1996年、様々な汚職疑惑で政権が崩壊した。

 チャートタイ党はバンハーン元首相の下、チュワン民主党政権(1997―2001年)、第1次タクシン政権(2001―2005年)に連立パートナーとして参加。2005年の第2次タクシン政権では野党に転落した。軍事政権(2006―2007年)後に発足したタクシン派サマック政権にも連立パートナーとして加わったが、2008年、憲法裁判所により、選挙違反でタクシン派政党とともに解党され、政権が崩壊、バンハーン元首相は参政権の5年間停止処分を受けた。

 バンハーン元首相はその後、チャートタイパタナー党を設立し、アピシット民主党政権(2008―2011年)と続くタクシン派インラク政権(2011―2014年)に連立パートナーとして参加した。2016年に83歳で死去。

 バンハーン元首相の1990年代のニックネームは抜群の資金力と金権体質をやゆする「歩くATM」。タクシン派、反タクシン派のどちらの政権にも連立パートナーとして加わる巧みな政界遊泳術から、「ウナギ」とも呼ばれた。一部の在住日本人は「タイの田中角栄」と呼んだ。
《newsclip》

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