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タイ下院議長にチュワン元首相、軍政派が過半数確保か

2019年5月27日(月) 00時41分(タイ時間)
チュワン元首相(右)の画像
チュワン元首相(右)
写真提供、民主党
【タイ】タイの国会が24日に開会し、26日までに、議会下院(定数500、任期4年)議長に民主党のチュワン元首相、第1副議長に軍傘下の新党パランプラチャーラット党のスチャート元副内相、第2副議長にプームジャイタイ党のスパチャイ元副農相が選出された。

 下院議長・副議長選の投票から、これまで旗幟を鮮明にしてこなかった民主党(下院52議席)とプームジャイタイ党(同51議席)がパランプラチャーラット党(同115議席)陣営に加わり、同陣営が下院の過半数をほぼ確保したことが明らかになった。近く行われる首相指名選挙では、プラユット軍事政権が選任した非民選の議会上院(定数250、任期5年)が下院とともに投票する。上院議員はプラユット首相(元陸軍司令官)の弟のプリーチャー元国防次官ら軍・警察関係者、軍政の支持者で占められ、下院でもパランプラチャーラット陣営が過半数を確保したとみられることから、プラユット首相の続投がほぼ確実となった。

 ただ、下院議長・副議長選の得票数は議長選がチュワン元首相258票、タクシン元首相派のプアタイ党(下院136議席)の候補235票、第1副議長選がスチャート元副内相248票、民主派の新党、新未来党(同80議席)の候補246票、第2副議長選がスパチャイ元副農相256票、民主派の新党セーリールワムタイ党(同10議席)の候補239票と僅差だった。プラユット首相と軍が軍政時代と同様の強引な政権運営を続ければ、連立パートナーの離反を招き、下院で過半数を失う恐れがある。


〈タイ政局の主な動き〉
■2001年
警察官僚から実業家を経て政界入りしたタクシン氏率いる政党が、地方、低所得者層へのばらまき政策を掲げ、議会下院選で勝利。タクシン氏が首相に。
■2005年
任期満了にともなう下院選でタクシン派政党が議席の75%を得て圧勝。タクシン首相が2期目。
■2006年
反タクシン派がバンコクで大規模なデモ。タクシン首相が下院を解散、総選挙に踏み切るが、反タクシン派の民主党がボイコット。憲法裁判所が選挙無効の判決。9月に軍事クーデターが発生し、タクシン政権崩壊。
■2007年
軍事政権が民主主義を制限した新憲法を制定。民政移管のため実施された下院選で2代目タクシン派政党が勝利。タクシン派政権発足。
■2008年
反タクシン派デモ隊がバンコクの首相府、スワンナプーム空港などを占拠。最高裁判所が選挙違反でタクシン派政党を解党し、政権崩壊。反タクシン派の民主党を中心とするアピシット連立政権発足。
■2010年
バンコク都心を占拠したタクシン派デモ隊を軍が鎮圧。90人以上が死亡、約2000人が負傷。
■2011年
下院選で 3代目タクシン派政党のプアタイ党が勝利。タクシン氏の妹のインラク氏が首相に就任。
■2013年
インラク政権・与党がタクシン派と反タクシン派の政治抗争で投獄、訴追された人に包括的な恩赦を与える恩赦法案の成立を図る。10月、民主党が大規模な反政府デモを開始。12月、インラク首相が下院を解散。
■2014年
1月から反タクシン派デモ隊がバンコクの主要交差点を占拠。2月の下院選は民主党がボイコットした上、民主党系のデモ隊が投票を妨害し、3月に憲法裁が選挙無効の判決。5月7日、幹部官僚人事をめぐる職権乱用を理由に、憲法裁がインラク首相ら10閣僚を解任。5月20日、軍が戒厳令を布告し、実権を掌握。同22日、クーデターを宣言し、インラク政権崩壊。
■2017年
軍政が民主主義を制限した新憲法を施行。インラク前首相が汚職裁判の判決前に国外に逃亡。
■2019年3月
2011年以来初のタイ議会下院選挙実施。パランプラチャーラット党など軍政派とプアタイ党、新未来党など民主派が対決。

《チュワン・リークパイ》
1938年、南部トラン県生まれ。中国系タイ人で、中国名は呂基文。寺に住み込むなど苦学して、タイ国立タマサート大学法学部を卒業。弁護士を経て政界入りし、1992―1995年、1997―2001年に首相を務めた。タイの政界には珍しく汚職のうわさと無縁で、首相就任時には資産が一般サラリーマン並みに少ないことが話題になった。
《newsclip》

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